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紺青の瞳

Composer : Der3

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そして、翌日――。

君の遺体が、見つかった――。

 傷一つなかった。安らかな顔だった。溺死だった。自ら海に飛び込んだんだってね。本当ならどこかに沈んでしまうはずが、運悪く海辺に流れ着いた。そして、黒い眼の誰かが発見した。

 

 どこか遠くに行った、ということにしたかったのかな。

 ネイヴァールの実家と、リーサルトの叔父の家には、「家出します」って手紙を書いてたんだね。

 そうやって、家族も僕も、傷つけないようにしたかったんだね。

 

 でも、君は見つかっちゃった。君は眼を完全に閉ざしたまま、焼かれて灰になっちゃった。

 

 ねえ。セーナ。本当の君は、何を考えていたのかな?

 僕はさ、これからどう生きれば良いのかな?

 分かんないよ。分かんない。

 ねえ、本当に分かんない。

 どうすればいいのかな。

♢ ♢ ♢

 

 ここから先は、君の知らないことだよ。

 

 結論から言うと、何も変わらなかった。

 この世界は、君を忘れたように動いていた。

 君の頑張りは何だったのかと思うくらい、何も変わらなかった。

 君が何も告げずに去ったからだろうか。そもそも黒い眼の民に、君を「排除」してしまったという自覚があるんだろうか疑問だ。きっと、ないんだろうなって思った。

 

 僕の生活も変わらない。授業後に外に出るけど、海を眺めて何もしない。それだけだ。

 海上に羽の汚れた鳥はいない。きっとこれからも黒い鳥はこないのかなって、思った。

 

 君は誰にも告げずに、この世界を去ってしまったんだと、知ってしまった。

 君は誰からも愛されず、誰の記憶にも残らないまま、いなくなってしまったんだ。

 

 心臓が音を立てて脈を打つ。過呼吸状態がずっと続いた。涙がとめどなく溢れて、どうしようもなかった。

 

♢ ♢ ♢

 

 あれから僕は寝込んだ。一週間くらいだっけ、嘘だ。実際は三日くらい。一日って意外と長いんだな、なんて思いながら過ごす堕落生活。こんな無味乾燥な世界を、僕はあと数十年も過ごすらしい。

 

 そして、更に一週間が経った。

 

 僕が眼を黒くすることはなくなった。なんだか、自分を偽りたくないんだ。もしそうしてしまったら、君が本当に消えちゃうような気がした。

 

 鏡を見たら、青眼の男が僕を見てる。青眼の男は僕だ。

 確信する。僕の瞳は、青だ。

 

 死んだように黒い眼で暮らしている奴らとは、違う。

 息を大きく吸って、大きく吐いた。

 この日ばかりは、薄地の長袖を来て家を抜け出した。

 

 外に出て、太陽の沈む様子を眺める。一日は閉じ、世界が藍に溶け、君の色に染まった。それが作戦決行の合図と、自分で決めていた。

 

 君への鎮魂歌を送るよ。

 

 三日くらい寝込んだ間、ずっと考え込んでいた。君の為に何ができるか。君の存在を知らしめるため、僕に残された手段は何なのだろうと、ずっと思いを巡らせていた。

 君の物語を書くことだろうか、君の存在を直接世界に伝えることだろうか。きっと僕にはできない。ずっと眠らずに考えていた。

 こんな保守と偏見に満ち溢れた辺境の街を変えるには、どうしたらいいか、だ。

 

 答えは見つかった。

 

 君は決して逃げなかった。だから僕も僕なりに、決して逃げずに、自分なりの方法で訴えたい。そう思っていたら、作戦が頭に浮かびあがってきた。

 

 僕は家から出て、寝静まった街を歩く。乾いた夜空に、ザザッという摩擦音が響き渡る。

 

 僕が両手に握っているのは、大きな麻袋。引き摺って歩いていく。底に開けた穴から、微量ずつ白い粉が残っていく。麻袋の中身だ。

 

 中身はアントブライト。正確にはアントブライトの白い部分だけを集めたホワイトアントブライト。リーサルト、及びネイヴァールの地下深くだけに存在する鉱物。この地域一帯の暑く乾燥した気候下、地下深くに膿のように固まっている。

 

 白い斜面の地下で僅かに取れる黒い岩。中に微生物くらいの白い点が存在し、上手く選別することによって白い物質だけを集めてくる。そうしてできた、世界でこの地域にしか存在しない貴重な物質。グラムあたり値段は万を下らないだろう。

 

 それだけじゃない。この石があるからこそ、国は厳重にこの区域を管理していたのだ。

 

 特異な化学構造を持ったこの物質には、ある性質があった。

 太陽光で励起されたアントブライトは、ごくまれに、パーセントやパーミルでも表すのが馬鹿らしくなるほど低い確率で、正電荷の電子を発する。それが通常の電子に触れると、そいつらは跡形もなく消えて、莫大なエネルギーを生み出すのだ。

 いわゆる対消滅。物質の質量が直接エネルギーに置き換わり、その残滓は周囲を駆逐する。

 いつだったか、理科の先生が説明していたのを思い出す。

 ホワイトアントブライトは、AMM――またの名を、反物質生成物質だった。

 

 国はここらを特別開発区域に指定し、反物質によるエネルギーを実用化するため研究を行っていた。地下には研究施設が存在し、太陽光に触れないよう日夜開発を推し進めている。壁や道を白一色に塗るという文化があるこの街では、太陽光は反射されやすい。ここの地下に太陽のエネルギーは伝わらない。開発にはもってこいの地域だろう。

 あと、かなり昔に聞いた地下の財宝伝説というのは、この研究施設のことだと思う。

 

 とまあ、ここまでぐだぐだと長く説明してきたけど、君ももう分かったよね。

 

 

 

――この街を消し飛ばす。それが僕の作戦だ。

 

 

 

 おかげでここ数日は眠れていない。地下研究所に行って爆発間近のホワイトアントブライトをくすねて来て、いつ爆発するか分からないそれを、自分の部屋に隠しておいた。かなり危険だと思ったけど、誤爆して僕も死ぬならそれもいいなって思って、そのまま隠し通した。

 幸い、ふとした拍子で引火することはなかったみたいだ。

 

 だから今、月も出ていない新月の夜に、僕はこうして外に出ていられる。大量の爆薬を夜通しでばらまいていく。麻袋を引き、街中を引き摺っていく。事前にルートも構築しておいた。

 

 この一週間は、僕が今まで生きてきたどの瞬間よりも、自分らしい時間だった。何より活き活きしていた。軽く50時間以上はぶっ通しで動いているのに、今もなおアドレナリンは分泌し続けている。今なら空でも飛んでしまえそうな気さえする。

 

 作業に飽きることはなかった。これで君の存在を世に示すことができるのだから。

 

 ああ、セーナ。

 君は聖人であり続けた。

 聖人でありすぎたが故に、自ら命を絶ってしまったんだ。

 

 この世界は綺麗なものばかりじゃない。君はそんな現実に耐えられなかった。

 でも君は、あんなに美しい深青の瞳を持っていた。その眼に、汚らわしい物を写す必要なんてないだろう。君には綺麗なものばかり見ていて欲しいって、そう思えたんだ。

 

 だから僕は、君が見るべき醜い部分を見届けるよ。

 

 苦しむ君をずっと眺めていた僕。

 君の苦しみに気付いていながら何もできなかった僕。

 その全部の僕が、汚らわしい人間だ。そんな僕が、君の欲しかった未来の為に、最低を積み重ねる。

 

 君はどうか天の世界から、僕もこの街も消えた美しい世界を、永遠に眺めててくれ。

 

 そして世界よ。どうか、こんな憐れなセーナを、いなかったことにしないでくれ!

 

 そんなことを思い、麻袋を引き続けて――。

 

 

 

 ――どれだけの麻袋を、消費し終えた頃だろうか。

 

 おもむろに闇が明けていく。肌で太陽の熱を感じ取る。

 

 いくら夜通しとはいえ、一人の力だ。思っていたより時間は進んでいたようで、予定の半分もばらまけなかった。鶏が鳴き始める前には、撤収しなければならない。

 

 名残惜しさを感じつつ、作業を中断する。間に合わなかった分は、全部学校の庭でばらまいた。一番に吹き飛ばしたい建物だったし、夜明けに気付いた場所からも近かった。君を最も苦しめた場所だ。是非とも、跡形もなく消し飛んで頂きたい。

 これで全てやり終えた。誰に見抜かれることもない。もうどこに行くこともない。

 

 だからこうして、これまでの生活を振り返って文字に興していた。

 でも、もうそれも終わりだ。

 

 起爆剤はばら撒かれた。この街は今や風前の灯火だ。太陽の角度が変わり、いつもみたいにうだるような熱気が降り注いだ頃、いつかのタイミングで、どこかの物質が反物質に変化する。蟻ほどの砂塵が消え去る代わりに、この街は完全に吹き飛ぶのだ。

 

 

 

 

 

ああ、セーナ。

なあ、愚か者。

 

誰も君を救うことができなくて、今まで辛かったね。

これは、僕らを蹂躙し続けた黒い眼の民への制裁だ。

 

君は、もう「排除」されなくて良いんだ。

歴史から「排除」されるのはセーナじゃない。

 

僕が、君をイジめた外道を「排除」してあげるね。

「排除」されるべきは、黒い眼をしたお前らの方だ。

 

 

 

ああ、セーナ。この世で最も美しかったセーナ。

なあ、一人の少女を救うことすらできない愚か者ども。

 

これから昇る大量の煙を、君への手向けにするよ。

これから起こる大災害を、冥土の土産にやるよ。

 

君は空から、その様子を見守っていてほしい。

お前らは地獄で、この顛末をずっと反省してろ。

葬送

リーサルトのたった一人の青眼 サクヤ

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???「私を責めるのはお門違いだぞ。忠告はしたからな。

    ……まあ、ここまで読んだ君には、まだ見てもらう景色がある。その後のサクヤが、どうなったかを」

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