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紺青の瞳

Composer : Der3

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前略

 

セーナ、ああ、この世界で誰からも救われない少女。

セーナ以外の、この世界で誰からも救われない少女の苦悩を知らないお前ら。

 

セーナ、君への想いを、この手紙に記すよ。

セーナ以外のお前ら、手紙という形で、セーナという少女をここに記す。

 

読んでほしい。これが僕の想いだ。

読んでおけ。セーナへの手紙を、今ここに綴る。

 

 

 

 君と出会ったのは、そう、今日みたいな暑い日のことだったね。

 あの日も、雲一つない青空だった。いつものように、暑い日差しがここらの白い建物へと降り注いでいたんだ。

 

 このリーサルト地区は海に面しているというのに、夏に雨なんてほとんど降らない。そのくせ太陽は常時照り付けて、僕らの水分を奪っていく。水は貴重品で、皆が青に飢えていたんだろう。

 

 そんな日常の中、突如、君はこの街にやってきた。

 

 僕は目立つことなく、普通に生きていた。顔を洗ってコンタクトをして、荷物を持って学校に向かう。サクヤっていう名前はあるけれど、そんなのがただの記号だって思えるくらい、僕は普通に暮らしていた。歯向かえないものには無理に歯向かわない。毛ほどの興味もないこの地域の歴史だとか、この先できれば使いたくない大砲の弾道だとか……ここで秘密裏に作られてる新兵器の話だとか、そんなのばかり勉強してた。放課後にはクラスメートと話して、地下には財宝が眠っている、なんて伝説も知っちゃった。

 

 そんな時だった。転校生が来るって聞いたんだ。

 

 こんな暮らしにくい田舎。それも未だに醜い諍いが起きているリーサルト地区で、だよ。

 ここリーサルトで暮らす人々は、大半が黒い眼の民。青い眼の民は隣の街のネイヴァールに多くいる。昔は一緒の街だったんだけど、国が勝手に境界線を作っちゃったんだって。

 そんなこんなで、今は競争してたり対立してたりだ。そんで、そんな状況の今のこんな街に転校なんて、物好きもいるんだなーとか思ってた。

 

 だから、君を知った日のことはよく覚えている。

 朝、先生は転校生を紹介すると言った。突然で、びっくりしている間に君は入ってきた。当時の君は三つ編みにしていたよね。君の真面目さが表れているのか、頭のてっぺんに地肌が見えたのはよく覚えてる。

 

 でもね、君が僕らに目を向けた途端、教室はどよめいた。僕の心臓も跳ね上がった。

 君の瞳は、宝石のような深い青色をしていたから。

 

 深い深い青だった。海の最深部にあるかのような、濃い青。

 この世界の深淵から、美しい物ばかりを取り出してきたような、神秘的な青。

 

 僕らの像まで映し出してしまいそうな輝きを、君は惜しげもなく見せてくれたんだ。

 紺青っていう単語が凄く似合うと思った。紺青の瞳。二つの輝きに目を奪われていた。

 

 セーナ、そう、君は名乗った。

 ネイヴァールからやってきました、と律儀に一礼をして、空いている席へと腰を下ろした。

 

 でもね、セーナ。君は気付いていたのかな。

 この時起きた教室のどよめきは、少なくとも君を歓迎するものじゃなかったんだよ。

 

 それは拒否反応。黒い眼の民である生徒が不意に出した不快感。

 すぐに直感した。この地域の人間は、君のような美しい瞳の持ち主に対しても、こんなに酷い仕打ちをするんだって。自分と違う人間ってだけで、身体が受け付けないんだ。ここに居るべきは黒い眼の民で、セーナみたいな青い眼の民じゃない。この生活にセーナは必要ないっていう、そういう反応。

 

 この封鎖的な田舎の人間は、余所者を「排除」してしまう。他の民族は皆出ていけと「排除」されてしまう。見た目がほとんど変わらなくても、人種といえる程の違いはなくても、色の付いた眼の人を嫌っちゃう。

 この地域の人間は、他民族に対してやたら冷たい。

 

 だから僕は決心した。

 このままだと遅かれ早かれ、君が傷つく日はやってくる。その前に、僕にはやることがあるんじゃないか。

 そう思ったら、動かずにはいられなかった。

 

 初日から、僕は君に歩み寄った。全部の授業が終わると、転入生への質問攻めが始まる前に、僕は真っ先に君の所に向かった。「来てよ」と言ったら、君は何を疑う素振りもせずに、黒眼の僕についてきてくれて……だからこそ、やっぱり君は危ないと思ったんだ。

 

 海に面したバルコニーに、君を連れ出した。誰にも秘密の二人占め空間。とはいえ、この辺りはそんな建物ばかりだから、特別という訳でもないんだけど。

 

 君はどうしたのとでも言わんばかりに、青い瞳の輝きを見せつける。他には誰も見てないない。そう確認した僕は本当の自分を曝け出した。

 

 左手で日光を覆いつつ、右手でコンタクトを外す。

 鏡がなくても、このくらいはできる。

 

 素顔を見せると、君は頓狂な声を上げたよね。

 だって僕も、君と同じ、青い眼の民なんだから。

 普段は黒のカラーコンタクトで自分を隠してる。でもこれは仮の姿。本当の僕は青い眼の民だ。

 だから君は、僕の出会った初めての同胞だった。

 

♢ ♢ ♢

 

 僕たちはすぐに仲良くなったよね。引っ越して間もない君に、この街のルールとか、周囲への合わせ方とか教えていった。

 

 ここは黒い眼の民がほとんどだから、僕ら青い眼の民は「排除」の対象だ。除け者にされない為に、なるべく周りに同化して生きた方が良いからね。

 

 でも君は時々、浮かない顔してなかった?

 いつだったか、君は僕に聞いたんだ。

 

「自分を隠して、へっちゃらなの?」

 

 僕は上手く返事を返すことはできなくて……。でも今なら答えられると思う。へっちゃらってほどじゃないけど、こういう生き方に慣れちゃっただけだよって。

 

 僕だって、好きでこんな生活している訳じゃなかったんだ。国が無理やり境界線を決めて、僕は青い眼なのにリーサルト民っていう扱いになってしまって……。ネイヴァールに行きたいけど、それはもう家を失うことと同じで……。

 僕が生きるためには、こうするしかなかったんだ。国によって、僕はネイヴァールから排除された。もし青い眼を晒したら、リーサルトからも排除されちゃう。

 同調圧力に屈した頽廃的な生き方。でも、一人でいくら頑張ったって仕方ない。圧倒的多数の前に少数は無力だから。

 

 コンタクトは、僕の処世術なんだ。

 

♢ ♢ ♢

 

 次に二人きりになった時。僕のこれまでの生き方を、君には全て打ち明けた。

 君は除け者になってほしくない。そういう一心だった。僕の経験が役に立つなら、何でも良かった。なるべく他者と関わらない方法、自分の居場所を作る方法。ステレオタイプな思想を持ってる先生……。カースト上位層のメンバーを教えた時は、君も「それはもう察してるよ」って笑ってたっけ。君からすれば、僕の第一印象は最底辺だったんだろうな。だって僕、明らかにいじめられる側だもん。

 

 話すべきことを全部話し終えると、君は言ったよね。

 

「あなたは、ここの人を恨んでる?」

 

 僕は首を振った。人間なんてこんなもんだって、諦めの気持ちがあったから。

 

「そう。なら良かった」

 

 君の口角が少しだけ上がった。

 

 知ってた。「排除」は、人間の性だって。黒い眼の民だって、差別は良くないと教えられて育つ。けど、実際はそう単純じゃない。眼が違うってだけで、心が無意識に拒んでしまう。その心が積み重なって、「排除」に繋がる。

 

 そう、現実は何も解決しちゃいなかった。

 君はもう、教室の人間に晒しちゃったんだ。

 美しく稀有な、青い両目を。

 

「君はきっと、あの学校で嫌われちゃうよ」

 

 僕は忠告をした。けど、君が怯えることはなかったんだ。

 

「そんなことないよ。きっと、大丈夫」

「すごい自信家さんなんだね」

「私ね、この街の人を信じてるんだ。話せばきっと、分かり合えると思うんだ。眼の色がどうとか肌の色がどうとかなんて、どうだって良いような、そんな世界にしたいんだ。だからその為に、ちょっとだけがんばる。カラーコンタクトなんて使わなくて良い世界にしようよ。その時はサクヤも、人前でコンタクトを外してくれるかな?」

 

 そして君は、僕の両手を握った。

 

 あったかかった。

 小さくて。

 すべすべで。

 なのに僕の手はすっぽり収まって。

 手のひらから、熱がどくどくと伝わってくる。

 そして、赤子をあやす母親のように、ゆっくりと語ってた。

 

「実は、前いたネイヴァールでも、いじめがあってさ……。その子は黒眼の子で、他の青い眼の皆からいじめられててさ。でもその子は絶対に、黒い眼であり続けたの」

「……どうして? 青になればいいじゃん」

「自分がなくなっちゃうみたいな気がするんだって。そりゃあ、コンタクトを着ければ周囲には馴染めるかも。だけどさ、それは間違ってもいるんじゃないかなーって」

「だから君は、青い眼で人前に出たの?」

 

 そしたら君は、うんって、恥ずかしげに頷いた。

 

 君の言葉を聞いて、僕は妙に納得したんだ。

 この場所で表面だけ取り繕ったって、変わるのは僕たちの日常だけだもん。それは多数に屈することだった。少数派が自分らしく生きる可能性すら、自分で否定しちゃう行為なんだ。

 

 君はここのルールを知らなかったんじゃないんだね。

 知っててなお、青眼を隠さずに学校に来たんだね。

 

 でも当時の僕は、すぐに納得できなかった。

 

「……でもその為に、君は傷つくかも。そんなの耐えられないよ」

「傷つかない。もしイタズラされても、へーきだから」

 

 君の青い瞳には、確かな意志が宿っているように見えた。

 

 だからこそ、これは僕についた初めてのウソなんじゃないかって思うんだ。

 君は傷つかないんじゃない。それは、どんな傷にも耐えてみせるっていう意志表示だ。

 

♢ ♢ ♢

 

 僕の予想通りだった。

 

 君に対しての嫌がらせが始まるまで、そう長くはかからなかったね。

 始めたのは誰なんだろうと思ったけど、多分その問いに、意味なんてないんだろうね。

 本能で毛嫌いする気持ちが、だんだんエスカレートしたんだと思う。誰だって「排除」がダメなことくらい分かってはいるんだ。先駆者なんてはっきりした人は、本当にいないんだろう。

 

 僕が気付いたのは、授業中だったっけ。

 あれは、そうだ。理科の授業中だった。

 

 先生の話が脇道に逸れて、どっかに行った時だった。この世界には反粒子というものがあるだって話だった。それらはこの世界のものにぶつかると消えちゃって、代わりに大きなエネルギーになるんだって。魔法みたいな話で皆がウズウズして聞いてたはずだけど、やたら君はあたふたしていたよね。

 

 後で聞いても答えようともしないし、でも何度も尋ねてやっと、君のペンが盗まれていたことを知った。僕もびっくりした。一緒に探したかった。校舎の周辺を探ってようやく、花壇の中に投げ入れられているのを見つけた。君の家のある陸側とは反対方向だった。君が通るはずもないことは明白だったよ。

 

 翌日には椅子が逆さになっていて、その次の日にはノートが黒く染まっていて、見ていた僕だから言うけど、これは全部、違う人の犯行だった。

 

 何か嫌がらせをされる度に、君は悲しげな顔をしていたよね。知ってるよ。

 でも僕は、そんな君のことを、ずっと横目で眺めることしかできなかったんだ。心の中では、今すぐ駆け寄ってあげたい気持ちでいっぱいなのに、どうしても見て見ぬふりをしちゃうんだ。だって黒い眼の民は見て見ぬふりをするから。僕はまだ、勇気が出せないんだ。

 

 気付いてほしかった。たとえ君が傷ついてなくても、見ている僕もずっと辛いんだよ。同じ眼をしているのは僕だけ。君を救えるのは僕だけなのに、どうして僕は、君を助けてあげられないんだろうと、ずっと頭を抱えてた。

 

 授業が終わると毎日のように、僕らは話をしたよね。そして、君への嫌がらせを一つずつ解消していった。盗まれた文房具を一緒に探しに行った。落書きのインクを洗い落とした。それは僕の罪滅ぼしだった。

 

 これでも僕は、一人でこっそり犯人に突っかかろうとしてたんだよ。でもイタズラは毎回違う人がやってて、そもそも犯人なんて見つかる場合の方がレアで、いつからか犯人探しもやめちゃったっけ。

 

 君がそんな扱いをされるようになって、慣れてちゃった頃には、一部の教師からの扱いもぞんざいになっちゃった。近所ではありもしない低俗な噂が流れてた。

 

 君は大人からも、「排除」されるようになってしまったんだ。

 君が相手していたのは、この学校だけじゃなかったんだ。この地域、リーサルトに暮らす人類全体の自浄作用だった。それが束になって、君を潰しにかかっていたんだ。

 

 それでも君は、青い眼をやめなかった。

 

 僕たちはとりとめのない話をずっとしていたよね。君との会話は飽きなかった。君はどうだったかな。僕のつまらない話で、少しでも心は和らいだのかな。

 君はいつも、バルコニーから景色を眺めるのが好きだった。空と海の織り成す壮大な青の世界で、白い鳥が優雅に舞う景色だ。でも景色より、それを遠目に眺める君の方が、写真に収めたいくらいとっても綺麗だった。

 

 白の街に、黒い民。僕らと大海原だけが、青々とした輝きを放っている。

 ねえ、セーナ。

 君には、この世界が何色に見えているの?

 

♢ ♢ ♢

 

 君への些細な嫌がらせは日常になっちゃった。

 見ている僕の方が限界を迎えそうだった。いや確かに、限界を迎えたのは僕の方だったんだ。

 

 あれから少し時間が経ったある日、僕らはいつものようにバルコニーにいた。君は美しい景色を眺めながら、こんなことを言ったね。

 

「黒い鳥は、羽ばたいちゃいけないのかな」

 

 見え見えの隠喩だ。だから僕も答えることにした。

 

「体を白く塗って飛べるのだとしても。君は黒いまま飛びたいんだよね」

「黒い鳥が黒い羽根で飛び回ったら……この景色は汚れちゃうなあ」

 

 不安になった僕は尋ねた。

 

「まだ、こんなこと続けるの?」

「うん。私はこの街の人を信じてるから」

 

 どうして、君だけがこんな仕打ちを受けなければいけないんだろう。君は世界に優しいのに、世界は君に優しくない。この世の不条理を呪い続けて、僕は耐えきれなくなった。

 

「もう、やめようよ」

「ううん、やめたくない」

「やめよう!」

「私はリーサルトを……」

「黒い眼の民を、まだ信じてるのか!」

 

 僕は思わず叫んでしまったんだ。僕が叫ぶなんて思いもよらなかったのか、君はただただびっくりしてたように見えた。

 

「あいつらは悪魔だよ。これまで君にしてきた仕打ちを忘れちゃったの? ペンを奪って、椅子をひっくり返されて、ノートに落書きされて。いっぱい変な噂話されて、リーサルトの人間みんなが、君を排除しようってしてるんじゃないか! それが見えてないの? 絶対僕は、このコンタクトは外せないよ」

 

 君は、答えなかった。

 無言でずっと、遠くの景色を眺め続けていた。

 

♢ ♢ ♢

 

 次の日も、君の態度は変わらなかった。それなのに、君の心を癒したはずの、僕とのバルコニーでの時間は、もうなくなってしまった。

 

 黒い眼の民の嫌がらせを、君はその小さな身体で受けていた。僕はずっと眺めることしかできなかった。心の中で、黒い眼の民への怒りを燃やし続けるだけだ。僕は正体を隠しながら、君の唯一の理解者になってあげればいいなって、隠れてサポートする存在で良いなって、あの頃の僕はそう思ったんだ。

 

 それでも今になって思えば、あの時の僕は、とっとと偽りの自分を捨てて、青い瞳を晒すべきだったのかもしれないね。僕みたいに青眼を隠して生きている生徒は他にもいたかもしれない。そういう人たちで駆け寄ってあげれば、少なくとも君は、孤独にならなくて済んだのかもしれない。

 まあそれも全て、机上の空論なんだけど。

 

 君への嫌がらせは、もはや日常の一パートへとなってしまった。

 君の居場所だったはずのバルコニーも、もうない。そう思っていたとき、君は僕を呼び出したんだ。久しぶりに、君と会話できる。僕も溜め込んだ想いを吐き出したくて、僕は向かった。

 

 雨なんて降りそうにないカンカンの晴れ模様。それなのに少し霞んで、靄がかかっているように見えた。君は僕を確認して、唐突にニコッと笑った。爽やかなのにどこか不気味だ。

 

「私、明日引っ越すんだ」

 

 意志を込めた語気だ。僕は、押し黙ることしかできなかった。その台詞に都合の良い解釈の余地はなくて、やがて僕の中の気力も抜けていった。

 

 君は青い眼の民で、それも一人のかよわい女の子だったんだ。

 君の身体は、君が思っているよりも弱かったんだ。

 僕が、もっと支えてあげればよかった。

 心が絶望で満たされていく。

 

「……次はどこにいくの?」

「遠い場所になっちゃった。でも、黒い眼の民も、青い眼の民も、沢山いるよ。このままの私でも、受け入れてくれるから」

「これ、受け取ってほしいな」

 

 君が僕に託したのはペンダントだった。中に小さなものが入るロケットペンダント。

 

「ヘアゴムが入ってるの。私のこと、忘れないでくれたら嬉しい」

 

 そこでやっと、君が三つ編みを解いていることに気付いた。

 君の長い髪が、風に揺れる。それが、とても綺麗だった。

 会話を紡ぐことができなかった。もう、君の姿を見るのが最後だというのにだ。いや、最後だから、だったかな。

 

 上手い激励の言葉とか、平穏な生活への祈念だとか、今まで君を見ていることしかできなかったことへの謝罪とか……言うべきことは山ほどあったはずだった。

 

 ありきたりな定型文では、この感情は表せなくて。

 どこぞの文豪みたいな凝った表現も思いつけなくて。

 言葉の代わりになるような芸すらも、僕は持ち合わせていなくて。

 

 人の真似ごとばかりしてきた僕には、どうすればいいのか分からなかったんだ。

 

 それでも、この時この瞬間この感情を、少しだけでもどうにかして君に伝えたくて。

 

 そう思ったら自然と腕が伸びた。

 君の温もりを、両腕に抱き寄せた。

 潮じゃない特別な香りが鼻腔をくすぐった。

 

 世界で一番、綺麗だと思った。

 君は、セーナという一人の女の子だったんだ。世界だとか、「排除」だとか、そんな概念を語る以前に、僕は一人の女の子を守れなかったんだ。消えてしまいたい衝動が僕を襲った。

 

「君を忘れない」

 

 僕は確かにそう言った。

 

 それが嘘にならぬよう、君の瞳の紺青を、しっかりと網膜に焼き付けた。

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???「本当に、手紙の続きを読むのかい? やめろとは言わないが……自己責任で頼むよ」

 

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