――あら――私に気がついたみなさん、こんにちは。
この稀代の傑作の真実を知れるとなったら、あなたは知りたいと思いますか?
望むなら見せてあげましょう。焼かれ捨てられた、歴史の1ページを。
シャロン=トロストは宝石商の娘でした。深窓の令嬢という言葉は、まさに彼女のために考えられたと言っても過言ではありません。長く美しい栗色の髪に、エメラルドのような透き通る瞳。物語を読むのが好きな少女で、幼い頃から多くの書物(と、宝石)に囲まれて暮らしてきました。好きな作家はルンダーブルネン。ドラマティックな展開の短編を数多く残し、ひとたび読めば沼に沈むようにはまり込んでいく作風が人気です。
そんな彼女がクリスタラーと出会ったきっかけは、実家が青金石を彼に提供し始めたことでした。この夜空のような色を持つ石は顔料として極めて高価で、ひとにぎりの画家しかまともに扱えません。パトロンたる貴族からの支援を受けてそれなりに資金を持っていたクリスタラーは、この青金石を安定して手に入れられるルートを求めていて、そのパトロンが紹介した宝石商こそ、シャロンの祖父でした。
シャロンとクリスタラーは同い年であり、親しくなるのに時間はかかりませんでした。裕福な暮らしではありましたが、一応いち庶民であるシャロンは、貴族の豪邸や教会、美術館にしか飾られていないような彼の絵を見て大いに感動。魔術師のようだと賞賛し、彼のアトリエにおしかけたり、アカデミーに足繁く通ったりしたとか。
ところがこれを憂慮する人物が現れます。シャロンの両親と、シャロンに縁談を持ちかけようとしていた、とある帝国騎士です。この騎士は商人の息子でしたが、戦地で大いなる戦績を打ち立て、騎士身分に取り立てられた青年でした。その大いなる戦績というのは誇張どころの騒ぎではなく、単騎で敵陣の本拠地を壊滅に追い込むという、アクララバルに比肩するほどのものでした。そんな出世の可能性にあふれた人間がシャロンに目を付けたというわけです。いくらパトロンに抱えられているからといって、それ以上にはなれない画家と仲良くされては気に入らない、という算段です。シャロンの両親と騎士は何とかしてしてこのふたりを引き剥がそうと試みて、後世にこのふたりの関係は「無かったことにされた」ということです。その証拠に、クリスタラーの作品には青金石由来の青色は一切使われておらず、トロスト家にある顧客名簿にもクリスタラーの名前は存在しないのです。
――しかしながら、ここにはもうひとつ、不思議な出来事が関与しています。
なぜでしょう?
たったこれだけのことであれば、研究者の誰かしらがその足跡をたどれるはずなのです。《マイン・トロスト》は「私の安らぎ」と解釈されていますが、「私のトロスト嬢」と解釈して、シャロン=トロストへたどり着く研究者がいるに決まっている……。
さて、これにはユーフォリア皇帝のみこころが関わってきます。
いきなりですが、あなたは「神のゆびさき」を知っていますか。この国の皇帝を選ぶ「神」が、人知の進歩を制御するために使わす、いわば「文明の裁定者」……あ、もしかしたら視たことがあります?
それはともかく、「神のゆびさき」が何をしたかというと、テオ=クリスタラーの生きた時代を、2世紀ほど未来へ操作したのです。
これだけ話すと何が何だか分かりませんが、さっきの解説、ご覧になりましたか。「服装もクリスタラーの活動年代とは無縁な1600年代後半のもの」――記録によると、シャロン=トロストは、1682年に先述した騎士と結婚しています。本来の歴史では、両者22歳といったところですか、つじつまが合いますね。
もちろん、これにはさらなる疑問が付随します。なぜクリスタラーが裁定の対象になったのか、ということです。
これについては、シャロン=トロストと結婚した騎士の正体が教えてくれます。彼の名は「フォルカー=エックハルト」――平民皇帝と称される115代ユーフォリア皇帝、フォルカー=エックハルト・トゥ・ユーフォリアその人です。皇后の名は、シャロン=エックハルト・トロスト・フュア・ユーフォリア。貴族すら凌駕する教養の深さで平民皇帝を支えた、同じく平民出身の皇后です。
クリスタラーの生きた時代をしかるべき時へ置き直すことにより、フォルカー帝とシャロン皇后の婚姻を実現させ、確実な国の繁栄を目指した、ということになります。
さて、これがクリスタラーの傑作の真実。さて、私の干渉は仕舞にして、残りの文章を読んでみてください。味わい深く感じるか、虚無を感じるかはあなた次第。
さ、もう一度振り向けばもといた場所へ帰れます。
他の作品を見るなら、そのまま「戻らず順路通りに進んで」くださいね。