Utopia For Ever
Composer : Halv
今日も晴れ晴れとした青空。鳥たちが自由に空を羽ばたいてく。
草原は風に揺れ、花畑には蝶が舞う。大自然の光景を木陰から見渡しながら、私は読んでいた本をそっと閉じた。確か、哲学の難しい本。でも実は、内容なんてどうでも良い。
温和な気候は、それはもう絶好の居眠り日和という訳で。
この本は、いわば私の睡眠導入剤だ。活字に疲れた目を休め、木の幹にもたれかかる。するとどこからか、心地良い睡魔が私の身体を襲ってくれる。
そうして、自然の温もりに包まれ、微睡みの世界へいざなわれようとしたとき、
「また、お前はこんなところでサボって……」
キミが現れた。ぼさぼさ頭をくしゃくしゃ掻いて、丘を上ってくるのが見える。サボり常習犯の私を、キミは毎回起こしに来る。なんだか滑稽だ。
とはいえ、私の惰眠を邪魔した罰だ。ちょっと付き合ってもらおうか。
「キミは、リンゴとは何のことだと思う?」
「お前の話はいつも唐突だな……リンゴ、果物のことか?」
戸惑いながらも、キミはしっかり考えて答えを返してくれる。
「果物といえば、それはリンゴになるのかな?」
「いや……果物ならいくらでもある。赤くて、丸くて、甘い。それがリンゴだ」
「赤くて、丸くて、甘い、それが本当にリンゴなのかい? それならトマトだって、赤くて、丸くて、甘い。トマトはリンゴだよ」
「トマトは酸っぱいだろ。それにトマトは野菜だ」
私は肩を竦めてみせた。
当たり触りのない会話。一見意味のないように見えて、実は本当に意味なんてない。
でもこういう着地点のない会話をしている時間が、私は何より幸福なのだ。
「……じゃあ、お前はなんて答えるんだ」
「そうだね、私が敢えて答えるとするならば……」
うーん、考えてなかった。ちょっとだけシンキングタイムを挟んでから、
「今、キミとの話のネタとして使われている一般名詞、かな」
「……はは、お前らしいな」
「そうかな、私はメタ的な視点からリンゴという名詞について述べただけだけど」
「リンゴが何かと聞かれて、お前以外に誰が『一般名詞』って答えるんだ」
それもそうだ。キミの言うことはいつも正論だ。だから剽軽な私は、そんなキミの真面目さを笑ってやりたくて、こんなことをしているのかもしれない。
「……私はね、リンゴかそうじゃないかなんてもの、はっきりと決まるものじゃないと思ってるよ」
丘のふもとの景色を見渡す。草原も花畑も森林も、こんなにも世界は融けあってる。
「リンゴとトマトを分けるのも、世界をバラバラに切り離すのも、人間だよ。キミもそう思わないか?」
キミは一つ、大きな溜息を吐いて、
「……この世界が、お前みたいな人ばかりだったら良かったのにな」
ほら、キミだってそう思ってるじゃないか。
今日もこの世界は綺麗だ。
「だから、私は今日も眠るよ」
「理由になってないぞ」
「良いじゃないか、キミと私の仲だ。適当にごまかしといて」
「……ほどほどにしろよ」
それだけ言って、キミは丘を下りていく。その背中は、帝国に忠誠を誓いながらも一人の人間であることを忘れない、立派な男の背中だった。
キミの影が消失したところで、私は独り言ちる。
この幸せが、いつまでも続きますように。
そんなことを祈りつつ、今はただ、眠ろう。
~ここではないどこかで世界を見守る誰かたちの暮らしの一ページより~