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End of Serenity

Composer : F-T-K

 帝国暦1452年 11月某日

 

 ……やあ、遅かったじゃないか。首尾はどうだい? おっと、そうだった。ここじゃあなんだから、奥の机に移動させてもらおうか。おおいお兄さん、悪いがあっちの机に移らせてくれ。

 

 ふう。最近は帝国の目がどこで光っているかわからねぇからな。わが祖国の民も、最近ではすっかり帝国民ぶっていて、もう腹が立ってしょうがねえんだ。お前もそう思うだろ?

 

――まあ、確かにそうですね。

 

 だよな。我々の水面下の活動も、もう100年余りになるらしい。200年前の無血開城から帝国の影響……というか支配を受け続けているこの現状も、世代がいくつも交代してしまうと麻痺してしまう。嘆かわしいことだ。

 

――でも、別に帝国そのものになったわけじゃないじゃないですか。

 

 え? ああ、まあ確かに支配というか属国扱いではあるものの、西方に存在した諸国のうちでは唯一きちんとひとつの国として存在しているがな。ただ、表立ってやつらに反抗しようとは言えないし、上層部からは「やるなら黙ってやれ、責任はとらん」とも言われているよ。

 

――ずいぶん非協力的なんですね。

 

 そうそう。全然協力的じゃあない。彼らも、お上のことを怒らせたくないだろうからな。いつか帝国の逆鱗に触れるようなことがあった時に、誰が責任を取り誰の首が飛ぶのか、その順番を一生懸命じゃんけんしているくらいだ。滑稽なものだ。

 

――そろそろ、本題に入りましょうか。

 

 ああ、そうだな。そうしようか。まずは君の調べてきた情報を教えてくれ。物資の提供者は――


 

 ◆ ◆ ◆

 

 およそ200年前の帝国による大規模な侵攻作戦の際に、多くの国は抵抗し滅ぼされ、少数の国が降伏し帝国領に降った。そんな中、帝国から北西の位置に存在するタイタフォン王国だけが、早期に帝国に接近し、属国扱いを甘んじる形で戦争を回避、結果的に西方諸国の中で唯一国としての体裁を保つことができた。ただしあくまでも属国であり、政治的・経済的な独立はできておらず、帝国の文化や風習も数多く流入してきている。

 この早期降伏について、良く思わなかった集団がいた。王国軍である。彼らは戦争が始まった際には祖国を守ろうといきり立ったものの、降伏によりたたらを踏む形となってしまう。当時の王国軍総司令官はのちの日記に「あの日から祖国を取り返すことだけを考えて生きてきたが、私にできることなど何もなかった」と悔恨の念を綴っていた。帝国とのいざこざを何としても避けたい及び腰の王国上層部は、もちろんこの日記の存在を知るやいなや焚書するように軍に指示していた。軍はこれを燃やすふりをして確保し、この日に至るまで厳重に隠し持っている。その日記こそが彼らタイタフォン王国軍の誇りであった。

 今日の王国軍といえば、およそ100年に及ぶ準備の末に帝国へ叛旗を翻す、その日をじっと待っているのだった。


 

 ◆ ◆ ◆

 

――以上が報告事項です。

 

 ふむ。協力者のアテもあるし、軍備についても申し分ないというわけだな。帝国の西方情勢の悪化についても、状況はわかった。しかし、本当に情勢は悪化しているのか? 確かに200年前に西方諸国を軒並み滅ぼして領土としてから、西方の管理に苦慮しているという噂話はずっと入ってきている。無論私が生まれる前のことはすべて伝聞でしかないが。それでも俄かには信じがたい話だ。

 

――確かな情報筋です。現在帝国では東方との全面戦争が近く、西方に目を向ける余裕がないということです。

 

 確かに、極東のかの国と帝国は随分長い間小競り合いを続けておる。理由はどうであれ、その情報が確かだとするならば、確かに挙兵するタイミングは今しかないだろうな。ユースデイア国には、別の間者を使ってこちらへ協力してもらえないか探りを入れているところだ。そう遅くないうちに連絡があるだろう。

 ご苦労だった。次の定時連絡は一カ月後とする。

 

――――――――――――――

 

帝国暦1452年 12月某日

 

 待っていたよ。さあ、定例報告と行こうか。と、その前に、さっきまで別の使いが報告に来ていてね。いいものを預かったから、後で君にも見せよう。

 

 しかし、相変わらず客層の悪い店だ。こういう他人に聞かれたくない報告を行うときには役に立つが、そうでなかったら絶対に立ち寄らないだろう。あと、ここのフリッターは油が悪いからあまり食べたくないのだが、店主がお得意様ならフリッターを食えと煩くてな。胃が悪くならないうちに食べるのをやめなきゃいけないから、これは君にやろう。

 

――私もそんなに好きではないですが、ありがたく頂戴します。

 

 さて、報告事項だが……帝国の現況から教えてくれ――

 

 ◆ ◆ ◆

 

 タイタフォン王国軍の現総司令官は、約200年に渡り受け継がれてきた「祖国奪還」の四文字を忠実に遂行すべく、着任してから16年後の今に至るまで情報収集と戦力の増強に心血を注いできた。前総司令官から「君の代で祖国を取り戻せ」と仰せつかってからは、寝ても覚めてもこのことだけを考えてきた。もちろん、帝国人とやりとりする際にはしっかり頭の片隅に追いやり、おくびにも出さぬよう細心の注意を払っている。

 その悲願が。あと少し、タイミングを見計らえば。その日は必ずやってくる。夜な夜なそう信じてやまない彼は、その日の報告を聞き大きな決断を迫られることになる。

 

 ◆ ◆ ◆

 

――以上が報告事項です。

 

 ……東方への兵の増員のタイミングが、一週間後。それは、本当の話なのか?

 

――ええ。急な話ですが、帝国上層部はそう結論付けたようです。

 

 ああ、わかった。わかったが、それにしても些か性急な話になってきたな。とりあえずこの後各大隊長たちには話をしておこう。これはいよいよ悲願を達成する日も近くなってきたやもしれぬ。同志たちもこの報告にはさぞかし喜ぶことだろう。

 

――それで、先ほどおっしゃられていた「いいもの」とは?

 

 そうそう、そのことだ。これが東国に遣っている間者から預かったものだ。ユースデイア国では、新たな強壮剤として極秘に開発されているものらしい。

 

――強壮剤、ですか。

 

 なんでも、痛みに鈍くなり、より素早く動けるようになる薬なのだとか。間者によれば、あの国では薬学が大変に進んでいるらしい。我らの国ではかかれば死を待つしかないような病も治るという。うらやましいものだな。タイタフォン王国復興の暁には、国交を結ばねばならないだろう。

 

――それはなんとも素晴らしい薬なのですね。

 

 これさえあれば、我らの王国軍はやつらの攻撃をものともせず、やつらを瞬く間にこの国から追い出すことができるだろう。

 

――しかし、死ねばひとたまりもないのでしょう?

 

 そんなもの、どこの兵士だって同じだろう。我々でも、帝国軍でも。痛みに耐えることができるのなら、反撃も容易にできよう。それだけで利用する価値は十二分にある。

 さあ、これから戻って来る革命の日に備えねばなるまいな。ご苦労だった。これ以上報告する必要はない。今日でお前の間者の任を解くが、ここで得た秘密を墓場まで持っていくことだな。さもなくば、墓場のほうから近づいてくるであろう。それではな。

 

――――――――――――――

 

 一週間後。タイタフォン王国軍は各地で一斉蜂起し、帝国軍施設を襲撃した。各地の有力者から兵を集めるだけ集め、軍備も少しずつ横流しすることで着実に増強したうえでの作戦行動。帝国の東方情勢悪化による西方戦力の減少。東国から譲り受けた強壮剤。この日のために集めてきたピースがかちりとすべてはまり込み、革命の実行にこぎつけた。

 

 しかしそのピースは、ほんの一つだけ足りなかった。

 

 各所の帝国軍施設を襲った王国軍であったが、報告されていた人数の十倍近い帝国軍兵士に返り討ちに会い、そのほとんどが命を落とした。事前に飲ませていた強壮剤は実際に効力を発揮し、痛覚と疲労をほとんど感じない体となり、普段の体よりも早く動くことができた。それゆえに、出血多量であることに気が付かずに絶命していく兵士が後を絶たなかった。痛覚とは命の赤信号である、ということを帝国軍が学ぶ機会となってしまったのである。

 それから数日もたたぬうちに、タイタフォン王国は滅ぶこととなる。王国軍の管理責任を問われた上層部が慌てふためき、帝国軍はそれを口実に上層部を軒並み公開処刑することとした。指導者もいなくなった国には、属国として帝国と関係を結ぶほどの能力は残されていなかった。

 

 それにしても、足りなかったピースとは何だったのか。それは。

 

 ◆ ◆ ◆

 

――以上が報告事項です。

 

 うむ。ご苦労だったな。しかし、王国軍総司令官というのも存外に御しやすいものだったな。情報というのはそれが正しいかを、自らきちんと確認しなければなるまいて。わざわざ自分の放った間者が自身に嘘の情報を伝えているかもしれない可能性など、彼は考えもしなかったのだろうが。君もそう思うだろう?

 

――ええ、おっしゃる通りです。ところで、これで私の家族を解放してもらえるということでよいでしょうか。目的は果たし、約束は守りました。

 

 そうだったな。……おおい、彼を離れの部屋へ案内してやれ。丁重にな。

 

――ありがとうございます。それでは。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 ……西方のたんこぶも無事にとれ、ようやくこれでユースデイアとまっすぐ向き合えるだろう。人質をとった上ではあるが、彼の働きには十分感謝せねばなるまい。

 彼も久方ぶりに家族に会えて、さぞかし喜ぶことだろう。

 

 もっとも。

 

 どこで、とは言わぬがな。


 

~旧タイタフォン王国領にて~

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