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要塞ジャングルジム

Composer : 余興

Kanata's view

 

 

 記憶のスクリーンに映るのは、青と白の二原色。

 

 青、それは憂鬱。冷徹。固く閉ざされた鉄格子の色。

 白、それは純真。無知。閉じ込められた少女の色。

 

 あの子はまだ、何色でもない白だった。柄もグラデーションもない、単色の白いワンピース。皺のない布地から、透き通るような白い腕が突き出ている。

 

 そんな少女が、檻の中にいた。

 

 まるで、人形がショーウインドウに並んでいるかのようだった。少女は鉄のパイプを掴み、直立している。虚ろな目が、オレをまっすぐに捉えて離さない。

 

 何かを訴えかけるような瞳。小さい口元は同じ動きを繰り返して、何かを伝えている。

 

 オレも必死に手を伸ばしていたはずだ。あの娘を連れ出さなきゃと、隙間に身体を無理やりねじ込み、千切れそうな程腕を伸ばす。

 

 だが、幾重に展開され折り畳まれていく鉄格子は、少女を地下深くへと攫っていく。

 

 伸ばした指先のずっと奥で、少女は暗闇に呑まれていく。海底に沈むように消えていく。

 

 オレのやったことと言えば、その光景を間近で見ていることだけだ。

 

 オレが初めて救えなかった、女の子。

 

 

 

 脳裏を流れるのは、いつもその映像だ。

 上映に音はない。声も物音も思い出せない。

 何も聞こえないのがむなしくて、映写機のノイズすら欲しくなる。

 その映像は、決して心を離れることはない。

 

 きっと、死ぬまでオレは、この光景と戦い続けるんだ。

 

 

「――おい、カナタ隊員。説明聞いてたか?」

 

 その一言で、オレは我に返る。ベンチに座って話を聞いてたら、知らぬ間に微睡んでいた。頭を軽く振って男を見上げる。オレより十個は上のあごひげの男が、俺を睨んでいる。

 

「すんません、うたた寝っす」

「……もう15分待機との命令だ。まったくお前は、ユースデイアの勇敢な兵士としての自覚が足りんな。戦場じゃ、いつどこでどんな敵が襲ってくるか分からんというのに」

「ここは戦場なんかじゃないっすよ。それと、今のあなたは軍人でもない」

「ふざけるなっ!」

 

 男がオレの足を踏んづけた。眉間に皺を寄せた凄い形相になっていた。

 

「痛っ、なにすんだ」

「男は誰だって兵士だ! 今の我々が存在するのは、先人たちが戦い、太平を手に入れたからだ。我々はそれを享受しているにすぎん。平和ボケもいい加減にしろ」

「悪かったですって」

 

 ちっ、心の中で舌打ちを――。

 

「何か言ったか」

 

 また睨んできやがった。音が出てたらしい。おーこわ。

 

「いいえ、なんでもないっす」

「戦乱の時代は、いつか必ずやってくる。それに備えるのが男の仕事だ。……ついでに言っておくが、俺が軍を解雇されたのだって、世界に平和が戻ってきている証拠じゃないか」

「はいはい、五臓六腑に言い聞かせますよ」

「まったく、お前が特殊救助隊のメンバーってことには心底呆れるな。大戦を知らない世代はこれだから……」

 

 小言まで終えると、男は遠慮もなくタバコを吹かし始めた。紫煙をくゆらすと、眼を細め全身で穏やかな顔を見せる。鬼の形相は、もうどこにも残っていない。

 

「灰皿なら南西のトイレの裏っすよ」

 

 男はもう、こちらに目もくれなかった。

 

 大戦が終結してから、既に三十余年。戦争の禍根は完全に消えた訳ではない。しかしユースデイアは、着実に平和を取り戻しつつある。家が建ち、学校も、大学も増えた。そして何より――。

 

「オレたちレスキュー隊が仕事できるのも、戦争のない間だけなんすかね?」

「当たり前だろう。戦時中もレスキューなんてしてみろ。一人助ける間に十人が死ぬぞ」

「なるほど。一人ひとりでくよくよする暇なんてなさそうだ」

「何が言いたい?」

「いいや。オレはただ、救えなかった女の子のことを考えてただけっすよ……」

 

 オレは、目の前のだだっ広い公園を見渡す。公園には誰もいない。

 

「……どう考えても平和のおかげっすよね。平日の昼間っから、公園で男二人ひなたぼっこに興じれるなんて」

「カナタ、お前本当に分かってんのか……」

「分かってますよ。冗談ですって。あと、公園で堂々とタバコの灰を落とすのはやめてくださいよ。一応、子供が遊ぶ場所でもあるんすから」

 

 青白い空、黄色い土。花壇は綺麗に整備され、季節の花を咲かせている。

 

 平和と平穏の象徴、公園。

 オレも、子供の頃は沢山遊んだ。くだらないごっこ遊びとか、ボールを持ち込んでゴールなしのサッカーとか。体を動かすこと自体が楽しかったから、ルールなんてどうでも良かった。何かに熱中するということ自体が、楽しかったんだ。

 

「うるせえよ」

 

 感慨に耽っていると、男の声が響く。

 

「そもそも、この公園のどこに子供がいるんだよ」

 

 男は不満そうに煙草を床に落とし、入念すぎるほどに踏みつけて火を消す。それでも、誰も咎めない。咎める者はこの場にオレしかいない。

 

「言うと思ってましたよ。……はい、いませんね。大人もさっぱりだ。なんででしょうね」

「白々しいぞ。それとも、個人指導がご所望か?」

「知ってます、知ってますって。今オレらがここに居る意味でしょ。ってか知ってなきゃヤバいでしょ。オレのことなんだと思ってるんですか」

「口の減らないクソ新人じゃなかったか?」

「これでもあんたと同期なんだけどな……。じゃなきゃ、もっとしっかり敬語使ってますよ」

「使えるんならそうしろよ。国に奉仕していた期間は俺の方が長いんだからな」

「そうですね。……その上から目線がなければ考えるっすよ」

 

 醜い口喧嘩をしながら、公園のチェック、記憶と何も変わらない。だが聞いていた通り。この公園には誰もいない。まあそれでいいのだ。

 

 ――この公園は、「呪われている」のだから。

 

 そんなことを思っていると、腕に取り付けた通信機が震える。耳元で、低い女性の声がする。ユースデイア特殊救助隊、制御室からの指示。

 

『こちらナホコ・ミノシマ。時間だ。イクサ・ヒノガミ、カナタ・タイヨウ、調査を開始しろ』

 

「了解」「了解っす」

 

 こんなときばかり声が揃い、調子が狂う。お互いに同じことを思っていたようで、不快感を表明した視線すら合ってしまった。

 

「お前、やっぱり嫌いだわ」

「奇遇っすね。オレもっすよ」

 

『……貴様らの仲が悪いのはどうでも良いが、単独行動は慎めよ。勝手な行動は組織を壊す。肝に銘じておけ』

 

「レンジャー」「わーってるっての」

 

 オレだって、ふざけているようで大マジメだ。ここが一世一代の大勝負。ふざけて気を紛らせないと、とてもじゃないがやっていけない。

 

 まあ、そろそろ遊ぶのはやめておこうか。今日は長い戦いになる。

 ここからは先は、おふざけなしだ。

 

 両手で両膝を叩き、気合いを入れた。

 

 

『ターゲット情報。サイズ10×10×5。製造年及び製造元1952年ユースデイア製。材質丸鋼。塗装残存率64%……』

 

 流れてくる情報の洪水を、全て脳内にインプットする。同時並行でターゲットの全貌を捉える。目の前に立ちはだかるのは、公園の隅っこに鎮座している巨大建造物だ。鋼鉄だけで造られた、山形の遊具。巨大鋼鉄要塞。

 

 その名は――ジャングルジム。

 

『――いいか。今回の目的は外部調査だ。中にいる児童の救出は、別の計画が進行中。お前ら新人の役割は、このジャングルジムの情報を少しでもこちらに届けること。身の危険を感じたら、即、脱出すること。――分かってるとは思うが、もし仮に、ジャングルジムに引き込まれ、内部で児童に遭遇したら……』

 

「ご丁寧にどうも。ですがね、もう十分聞き飽きました。問題ないっす」

「私も了解です」

 

 いちいち口うるさいのも慣れている。ここまではいつもと同じ。問題はないはずだ。

 

 ただ、一つだけ懸念事項があるとするならば――ジャングルジムの色彩だけだった。

 

 光に反射するは、暗く濃い青。冷たい鉄が直角に折れ曲がり、格子が山を形作っている。

 その色合いを見ていると、嫌でも思い出させてくれる。

 

 藍と白の記憶。ジャングルジムという檻に閉じ込められた少女。

 真っ白な腕を伸ばし、救いを求める少女。

 鉄鋼要塞の中には少女が――。

 

「おい、また寝ぼけたか? 作戦開始するぞ」

「……ああ、悪い」

 

 オレは立派な大人。そしてこれは仕事だ。私情を挟んではいけない。

 どうやら、思っている以上に意識しているのかもしれない。そう思いながら、ゴーグルを嵌める。その手で自分の頬をビンタ。右左と頬を弾き、最後にグーで両頬を抑える。緊張感を紛らすルーティン。

 

「もう、自分を見失わねえよ」

 

 内部調査、開始である。

 KEEP OUTで囲われた公園の内部、ここに入ってはいけませんと書かれた看板、有刺鉄線のフェンスで覆われ、厳重な管理下に置かれている。そんな公園で今、最も危険な作業が行われようとしている。

 

 まず、ロープを腰のカラビナに巻く。一度輪の中を通し、折り返してもう一度通す。結ばれたような状態ができ、これでカラビナはロープの上を自由に行き来できる。残りのロープを左脇でしっかりと締める。もう片方のロープは近くの雲梯にくくり付ける。船の繋留にも使われるもやい結びで、しっかりと結びつける。これで命綱の完成。

 

「……準備完了、突入を開始する」

『気をつけろよ』

 

 半径10m以内の危険エリア。そこはジャングルジムの禁域。

 

 オレとイクサは、縦に並んで歩いていく。

 一歩踏み入れる。ジャングルジムは静かなまま動かない。

 もう一歩、歩みを進める。青い鉄は静かなまま動かない。

 

 本当か? 本当に動いていないのか? 細心の注意を払い、首を回す。左右を確認する。上下を捉える。そして前後……。鉄骨はビクとも動かない。

 

「ま、そう簡単に動くわけでもねえな」

「黙れ、集中しろ」

 

 後ろのイクサが低い声を出す。小言はもうない。こいつだって真剣だ。

 大胆に、もう一歩だけ、足を進ませる。

 

 ――その時、「それ」はピクリと動いた。

 

 眠っていた猛獣が、ゆっくりと身体を起こす。ジャングルジム――三次元格子の一本一本の骨が、解体されていく。崩れ落ちる訳ではない。連結したまま、腕を伸ばすように、翼を広げるように、規則正しく並んでいた骨組みが、みるみるうちに広がっていく。

 

 やがて、ジャングルジム全体が、露わになった。

 

 街を呑み込む津波のように。獲物を捕らえる食虫植物のように。

 

 開花のタイミングを見つけた蕾が、一瞬で咲き乱れるように。

 

 ジャングルジムの鉄骨は、本来の姿を見せる。

 

 その姿はまさしく、口を広げた巨大生物だ。

 

 金属音の咆哮が轟く。青い鉄柱が天を衝く。

 

「……本性、現しやがったな」

「まだだ。よく見ろ」

 

 イクサの言う通りだった。ジャングルジムの中心から、地面が沈み始めていく。黄色い土が盛り上がってかき混ぜられ、地下へ吸い込まれていく。今まで見えなかった空間がようやく顔を表した。遥かに大きな地中構造体が、内部には潜んでいる。

 

 これが要塞の中身。ジャングルジムの地下要塞。

 

 そして地下深くの中心に、一つの人影。

 

「……うっ!」

 

 オレのトラウマが刺激される。心臓が飛び出しそうになった。

 

 あの日見た光景。苦い思い出から少しも変わらぬ姿。

 捉える。純白の衣服に身をくるんだ、一人の少女を。

 人質を見せびらかすように、ジャングルジムが、少女の身体を檻に閉じ込める。まるでオレを煽るかのように、鉄骨は少女を地下に送り出す。

 

 その瞬間、オレの中の何かが弾けた。

 これまで溜め込んできた感情が、心を強く打ちつける。

 

「……すぐ行く。行かなきゃ、行かなきゃダメだっ」

「待てカナタっ!」

 

 左肩を掴まれた。瞬時に腕を回して振り払う。

 

「いいから待てよ、少しは考えろっ! 今はどう考えても今はヤバいだろ!」

「それでも、オレは行かないといけないんすよ! 待ってるんすよ、あの子が」

「お前は感情的になりすぎだ。……まさかお前、あの被害者の関係者じゃないよな? 関係者の関与は禁止だったはずだ。国を裏切ったか!」

 

 ああ、そのまさかだ。

 この男の非難などどうでも良い。オレはずっと、ここに来るためだけ生きてたのだから。

 

「……オレ、今までずーっと拗らせてたんすよ。オレが初めて救えなかった子のことで。あの子がジャングルジムに囚われて、オレの心はどっか欠けたまんまでした。それが嫌で、ひたすら自分を鍛えたこともあったんすよ。でも、どんだけ特訓しても満たされない! どうしても、オレの手であの子を取り戻さなきゃ、終わらないんだって気付きました。やっと分かった。オレは今、この瞬間を待ってたんだ」

 

「何を言ってる。上からの指示に歯向かうな。今からでも遅くないっ、引き返せ!」

 

 まだ分からないのかよ。このおっさんは。

 

「引き返さねえよ。オレも男っすから」

 

 既に覚悟は決めている。イクサも上層部も、オレを止められない。オレは腰のホルダーから刃を抜き取る。そして、サバイバルナイフを男に向けた。

 

「何だよ、その顔は。そのナイフでどうするつもりだ」

「もうオレは、こうでもしなきゃ償えないってことっすよ!」

 

 オレは全力で、ロープを切り落とす。命を繋ぐはずのロープが、ダラリと垂れ下がった。

 命綱などなくて良い。オレは巨大要塞の作り出す大穴の中へ、一人飛び出した。

 

 

 

 生身のまま、鉄の柱を握りしめ、地中深くへと潜り込んでいく。すべり台を降りるように、斜面で尻を滑らせて、深い深い穴の中へと進んでいく。平日午後の陽気が遠ざかる。冷気が心臓を巡り、全身の鳥肌が立ちあがる。

 

 暗い要塞の中で、オレはジャングルジムの記憶を手繰り寄せる。

 オレが初めて救えなかった、あの子のことを。

 

 

 ジャングルジム。そう、誰もが知っているジャングルジム。細い骨格が規則正しく組み合わさったそれは、公園で遊ぶ子らにとって一つのお城だ。登れば一国の主、くぐれば敵国に忍び込むエージェント。子供は遊ぶうちに体幹が鍛えられ、健全な肉体に育つ。有用な遊具。

 特に好きという訳ではないが、嫌いでもないっていう人が大半だと思う。あれば遊ぶし、なければ他の遊具を探す。遊具なんてその程度の存在だ。

 

 あの日、オレはせっかくの休日で、偶然近くの大公園まで足を運んでいた。

 戦後の苦しい時代から少しでも抜け出そうと、公園がブームとなっていた頃だった気もする。皆が足を運んで、休憩だの遊戯だのしていた。

 オレはただ、ぶらっと歩いて通り過ぎるだけの予定だった。

 

 道中、公園の様々な利用者を眺めながら、オレは遊歩道を歩く。

 男の子はボール遊び、女の子はシーソーに座っておしゃべり、小さい子はママと一緒にすべり台……大人はジョギングしたり、犬の散歩をしたりで、老人はベンチに座って日を浴びる。

 

 でも、そのどれでもないのが、公園にはいた。

 

 ジャングルジムの上。小さな少女は座ってずっと遠くを眺めている。友達と遊ぶことなく、両親に連れられることもなく、ただ一人でずっと座っていた。

 

 両手をお尻の横に、順手で棒を握っていて、足は宙ぶらりんにしている。風が吹けば白のワンピースがはためく。少女は動かない。ずっと、ぼうっと遠くを眺めていて……。

 

 登れば一国の主、くぐればエージェント。……じゃあ、あの女の子は?

 

 あの子は今、誰になっているんだろう。お姫様? 登山家? それともただの風かな?

 あの女の子から、世界はどんな風に見えているんだろう?

 

 そう思いながら、横を通り過ぎようとして。

 

 ――その時、「それ」はピクリと動いた。

 

 それが、オレのトラウマの正体。それより先の景色が、オレの頭にこびりついている。

 

 事故理由はすぐに判明した。ジャングルジムには、いざという時の要塞化機能が施されていたのだった。それは、ユースデイアという国が大戦から学んだことの一つだった。大きすぎる戦争は必ず一般人を巻き込む。いつ戦火が放たれようと人々を守れるように、そしてその地域を敵に奪われることがないように、要塞ジャングルジムは開発された。

 

 シェルターというだけでは不十分。住んでいる人々の地域を守らなくては意味がない。だからジャングルジム自身が戦う。これは人と地域を守るための要塞だ。

 

 そこには不備があった。ちょっとしたきっかけで誤作動が起こり、簡単にジャングルジムの要塞化が進んでしまうのだ。児童が遊び方を間違えた結果、ジャングルジムはそこで遊ぶ児童を覆い隠してしまう。更に、地中深くに根を広げて、大きな地下空間を作り出す。

 

 究極の自己増殖機能。いかなる攻撃にも耐えてしまう絶壁。

 それが、要塞ジャングルジム。

 

 今も人々の意図せぬところで、ジャングルジムは地中に大きな根を張り巡らしている。

 囚われた児童を救うため、各所で議論が巻き起こった。だが無駄だった。

 

 一度要塞化が進んだジャングルジムには、外から侵入することはできない。解除するには中の人間が、中の人間の意志で行う必要がある。声も、光も、電波も、いかなる攻撃も、中の人間の意志がなければ届かない。そして中に児童しかいなければ、その意志を行動に移すことはできなかった。

 

 やがて諦める者が出始める。今だってまだ戦後の混乱期だ。自分のことで手いっぱいな国民も多くいる。ジャングルジムに囚われた児童は、行方不明という扱いになった。人の命はまだまだ軽い。

 

 それは中から開けようとしない限り決して開かない、鉄壁の要塞だ。

 

 

 オレはウズウズしていた。この身体がジャングルジムに受け入れられたということだから。

 

 オレは暗い暗いトンネルを抜ける。真っ暗闇の中を、頭のライトで照らす。足で先の地形を判断し、ケツを滑らせる。

 

 何十メートルほど地下に進んだ先だろうか。穴を掘る程度ではたどり着けないくらいの奥深くに、大きな空洞があるのを見つけた。どうやら出口のようだ。

 

 ゆっくりと降り立つと、電気がついた。人の動きに反応するようだ。千人くらい入れるホールのような、長方形の広い部屋。本来の目的の外部調査なら、いちいちこういう情報を記載していくのだろう。

 

 何より目立つ物体が、中央に立っている。

 広い部屋のど真ん中に、ジャングルジムがあった。

 公園の外見とそっくりの形をした、青いジャングルジム。ジャングルジムの中のジャングルジム。青の格子の中には、小さな格子があって……まさにフラクタル構造。

 

 どうしてこんなところに? その疑問は一瞬で掻き消される。

 そこには、女の子の姿があったのだから。

 

「……やっと、見つけたぜ」

 

 人影は、そこにあった。

 

 あの時のままだった。

 白いワンピースを着た少女が、鉄骨の頂上に座り込んでいる。服も、腕も、白くもろそうで、肉も脂肪もついてなくて、細い腕で棒を掴んで、身体を支えている。足を宙ぶらりんにして、何もない虚空を、ただ見つめている。

 

 オレの目の前で行方不明になった女の子が、あの時と同じように座っていた。

 

「よ、よう」

「…………」

 

 少女は静かに座り、オレを見下したままだ。ピクリとも表情を変えることはない。

 

「なんか、言ってくれよ」

 

 そう言うと、ようやく少女は、口を開いた。

 

「おとなは、きらい」

「……はは、辛辣だな」

 

 第一声は拒絶の言葉らしい。思えば初めての会話だった。警戒されて当然だ。

 

「お兄ちゃんはな、カナタ・タイヨウっていうんだ。カナタって呼んでくれると嬉しいな。ここでレスキュー隊ってのをやってんだ。今、こうして君を救いに来た」

 

 笑顔を向ける。それでもその子は、顔色を変えない。

 

「なあ、ここから出ようぜ」

「…………」

 

「オレが一緒にいてやるから」

「…………」

 

「……飛び降りるのが、怖いかな? オレが受け止めてあげようか」

 

 オレは両手を女の子に差し出す。

 だが、女の子は頬をぷっくりと膨らませる。

 

「おとなはすぐ、そうやってこどもをばかにする」

「出たらさ、お母さんに会いに行けるよ」

「おとなは、めいれいばっかり」

「どこにだって行ける。こんな狭い所に閉じ込められる必要なんてないんだ」

「おとなは、かまってくれない」

「さあ、はやくおいで。一緒に出よう」

「おとなは、ずるばっかり」

 

 さっきから、話が噛み合ってない。どうしたものか。どうすればこの子を外に出してあげられるのだろう。

 

 まずは真剣にこの子と向き合ってみたかった。あの日からずっと知りたかった。

 

「オレはさ、カナタっていうんだ。君は、なんていう名前なのかな?」

「……リナ」

 

「じゃあさ、リナちゃん。君の年齢を教えて。オレは――」

 

 

 

Ikusa's view

 

 

 幼い頃、両親が死んだ。

 

 まだ戦争の真っ只中だった。ユーフォリア帝国の戦闘機が都市を焼いたのだ。これまで軍隊同士のぶつかり合いをラジオで聞いて一喜一憂するだけだったが、いつからか戦闘機が空を飛び回り、民間人を襲うようになっていた。

 

 まだ小さかった俺は、同年代の子供と一緒にどこかの田舎に逃がされていた。ひもじい思いをしたが、なんとか食い繋ぐことはできた。だが両親の訃報が伝わると、喉は何も通さなくなった。

 

 何度か枕を濡らした後、俺は冷静になった。

 ただ冷静に、殺さなきゃと思った。ユーフォリアに生きる全ての命を削ぐまで、絶対に侵攻をやめてはならない。ユースデイアの民が安心できる日常を送る為には、ユーフォリアという国は脅威でしかない。だからユーフォリアは滅亡させなければいけなかった。

 

 ――だが。

 

 戦争は終結した。長年に続いた殺し合いは終わってしまったのだ。愕然とした。これではまた、いつ戦争が再開して俺のように両親を亡くす者が出るか分からない。

 

 あの憎き帝国を潰さなきゃと思った。だから俺は鍛えた。叔父の家に預けられ最低限の教育を終えると、すぐに軍隊に入隊した。

 

 入隊式の後、同期の一人がこんなことを言った。

 

「本当、良い時代に巡り合えたよな。戦争直後で、大国が二つとも自分の国で手いっぱいさ。しばらくは戦争なんかしなくても良いぜ。もしかしたら、退役までずーっと戦争なんてやんねえかもな。俺たちは、国の金を貪り放題さ」

 

 こいつは正気か? 本気でそんなことを言ってるのか? そう思った。

 

「ふざけるな。お前は本当に軍人か。我々ユースデイアには、今すぐ取り返さなきゃいけないものがごまんとあるだろうが! 再度攻め込む準備を整えるために、我々がいるんだろ」

 

「真面目すぎかよ。大体見ろよ。今の軍部は戦後の処理でてんやわんやさ。俺たちの仕事は戦うことじゃねえ。ユースデイアがなんもできねえ間、手ぇ出したらやべえって思わせるような姿勢でふんぞり返ることだろ」

 

 先に殴ったのは俺の方だ。すぐに取っ組み合いの喧嘩に発展した。

 

 世論は俺に味方しなかった。ユースデイアに反戦を求める声はあったし、それは軍部内も例外ではない。少数派なのは俺の方だった。

 

 それでも、反撃できない苦しみを糧に、俺は己を鍛え続けた。いつ戦争が始まってもユーフォリアを討てるよう、準備を怠らなかった。堕落した周囲の空気に呑み込まれないよう、常に独り、闘志を燃やし続けた。

 

 だがやがて、軍部の縮小が決まった。大戦で失ったものはあまりに多かった。ユースデイア国内の復興が全く追い付いていなかったのだ。政府は公共事業に金を分配することを決定し、その資金を軍事費で賄うこととなった。

 

 危険思想を持つ者として、俺は真っ先に解雇された。俺は忠誠心を訴えたが、軍人は上の命令には絶対服従だ。要望が通るはずもなく、俺の努力は水泡に帰した。

 

 生きていく為には、別の道を歩まなければいけなくなった。だが長年体を鍛えただけの俺に、知識なんてあるはずもない。いつの間にか俺は、何者にもなれなくなっていた。

 

 酒に溺れ、昼まで寝て、起きたからといって何をするでもなく、呼吸して飯食ってウンコして、どうしても何かを考えてしまって、それが嫌になって酒を買って……。軍人時代に貯めた給料を自身の堕落に使い果たし、何のために生きているか分からない日々。そんな折、特殊救助隊なるものが発足すると聞いた。

 

 レスキュー、災害で動けなくなった人々を助ける仕事。内容は何でもいい。そこに資格はいらなかった。この身一つが武器だったから。

 

 これは俺に残された最後の仕事かもしれない。そう思った。

 

 

 初陣早々、生意気な若造がジャングルジムに呑み込まれた。気に入らないガキだった。まるで、俺が軍隊に入って最初に出会ったクソ野郎のような……。いろんな言動が、俺を怒らせた。

 

 こんな男どうなっても良い。死んだ方がユースデイアの為だ。そう思った。しかし今、俺は動けない。押すことも退くこともできず、ジャングルジムと対峙している。

 

 何故? 命令に従っている訳ではない。被害者を出したくないエゴに駆られている訳でもない。なのに、退けない。

 何故? ああ、思い出した。大穴に飛び込む前に見せた表情。あれが原因だ。

 

 カナタが最後に見せたのはガチンコの表情だった。覚悟を決めきった男のする表情。何かを囚われ、一心不乱に目的を果たす男の表情だ。俺がユーフォリア人を前にしたら、多分あんな顔をするんだと思う。

 

 ずっと、あのカナタとかいう野郎は、猫を被っていたのだ。

 

 前を見る。ジャングルジムは依然、そのドデカい体を振り回している。時々金属をぶつけ合わせ、咆哮を轟かせている。あれにまともに立ち向かおうなんて、命知らずにも程がある。

 

 ひとまず、報告だ。

 

「こちらイクサ・ヒノガミ。緊急事態です。ジャングルジムが活性化し、カナタ隊員が穴に呑み込まれました。命綱ありません」

『命令に逆らったのか! 作戦内容は伝えたはずだぞ。命綱なしで飛び込んでいくのを、オマエは黙って見ていたのかっ!』

「いえ、それが……」

 

 全貌を説明する。ジャングルジムの様子から、カナタ・タイヨウの決意じみた表情まで。

 

『なるほど。……ジャングルジムの中に少女が現れ、顔色を変えて突入か。あのバカ、おそらく事件の関係者だな。はーっ、なんてことだ。報告書を書くワタシの身にもなってくれ……』

「申し訳ありません。私の落ち度です」

『言っておくが、ワタシもオマエらも減俸処分だぞ。それにカナタまでジャングルジムを抜け出せないとなったら、ワタシはもうどうなるか……』

「……隊員の命より、ご自身の身を案じているのですね」

『何か言ったか?』

「いえ。……このまま追いかけましょうか」

『馬鹿かオマエはっ!』

 怒号が飛んだ。鼓膜が破れそうだ。

 

『お前まで抜け出せなくなったら、今度こそ終わりだぞ!』

「ですが……」

 俺は日差しを眺める。時刻は午後一時。日差しはピークを越えている。

 

「このまま夜を迎えると危険です。カナタ隊員を救うのであれば、何としても今日のうちに終わらせなければ」

『把握している。だがオマエは一旦退け。このまま何も知らないオマエが飛び込んでどうにかなる問題じゃない。ジャングルジムが受け入れなければ、オマエは金属棒に貫かれて犬死にするだけだ。一度被害者の身辺調査に回るぞ』

「俺が、ですか」

『元軍人とはいえ、オマエは素直に従わないのだな。何か懸念点でもあるのか?』

「いえ。身辺調査というのが、意外なものでしたから」

 俺が人の調査なんて向いていない。そもそも、被害者の身辺調査や突入準備は本部の仕事だろう。

『ジャングルジムの信用を得るために、まずは被害者のことを知れ。要塞ジャングルジムは、中に居る者が認めた者しか受け入れない』

「カナタは受け入れられたということですか」

『そうなるな……』

 少しだけ悔しくなる。あの若造にできて俺にできないこともあるのだ。あの若造は過去に一体何をやらかしたのか、気になった。

 

「それで身辺調査といっても、どこから当たれば良いですか」

『まずは被害者の実家に急げ。ジャングルジムに囚われた被害者は、リナ・シライシ。シライシ家の場所を送る。そこから近いだろう。すぐに向かえ』

「レンジャー」

『ああ、それと……』

 女は躊躇いながら言った。

『突入前、カナタにはちゃんと伝えたよな?』

「何をです? ……あ、例の件ですか。何度も確認を取っておりますので、心配ないかと」

 

 あの若造が冷静さを欠いてなければ、の話だが。

 

 

 現場を後にして、俺はシライシ家に向かった。

 

 そもそもなんで俺なんだよ。俺に接客業なんて向いてない。そんなことは自覚している。被害者家族への接し方など分かる訳がない。そもそも赤の他人を相手にするなんて初めてだ。

 そうぶつぶつ文句を言いながら、紹介された家に赴き、呼び鈴を鳴らす。

 出てきたのは四十代くらいの女。頬は痩せこけ白髪の染め残しが目立つ。子を持つ親にしては、やたら老けているように感じた。子を奪われた親はこんな顔になるんだろうか。

「特殊救助隊のイクサ・ヒノガミです。ジャングルジムに囚われたリナさんのことで、いくつか質問をさせてもらえますか」

 

 女性は目を見開き、息を呑んだ。

 

「……リナを?」

「はい。リナさんを救うために、必要なんです」

「帰ってください!」

 

 突然だった。女は扉を閉めようとした。なぜと思う前に身体が動いた。反射で俺は両手を差し込む。挟まれた指がきりきり痛む。

 

「どうして拒むんですか」

「やめてください、警察呼びますよ」

「俺はあんたのお子さんを奪いに来たんじゃない。今から助けに行くんだ。もう飛び込んでる隊員もいる。今日中に行かないと危ない」

「やめてください。もう荒らさないで……」

「娘さんがどうなっても良いのか」

「…………」

 

 いつからだ? いつからユースデイアは、こんなにも落ちぶれてしまったんだ?

 突然、女性が扉を閉めようとする。挟まれた指の感触がなくなっていくのを感じながら、俺は扉に足を差し込み、全力で開いた。

 

 こうなれば分は俺にある。

「いい加減にしろよっ!」

 

 俺は全力で扉を開け放った。鈍い金属の音がして、女性がよろめく。その身体を受け止めた。両肩を掴んで、目の前で叫んだ。

「てめえ、親なんだろうがよ! それがユースデイアの親か! 親のない子供が、どんだけ寂しい思いをすんのか、分かってんのか! 親なら真っ先に向かってやって、一緒に痛みを分かち合ってやれよ! なんでずっとそうしねえんだ」

 

 仕事がどうでも良くなる。俺はこの女が気に食わなかった。俺がガキの頃を思い出しただけかもしれない。ただムカつく。クソみたいな親だ。

 

「寄り添おうとしたんですよ。でも、ダメだったんだって気付きました。服も買ってあげて習い事もさせて、これからの時代を生きていけるように教育していたというのに……。あの子は、私の言うことなんて聞きたくもないんです。だからジャングルジムに閉じ込もったまま、もうずっと出てこないんです」

「あんたが向き合う気をなくしてどうすんだ。いつまでも真摯に向き合ってやれよ。入口さえ開けば良いんだ。その後は俺に任せろ。絶対にジャングルジムから出してやる」

「……随分簡単にものをおっしゃいますね。こちらの気も知らないで」

「これでも俺はユースデイアの誇り高き元軍人だぜ」

「どれだけ、耐えたと思います?」

 女が嫌味たらしく聞いてきやがった。下から俺を見下されているような気がした。

「どういう意味だ」

「やはりあなたは、私たちのことなんて知らないのですね。私がどれだけあの子に声を掛けたか、ご存じです? 知らないでしょう。知らないから、そんなことが言えるのでしょう?」

「だったら言ってみろよ。俺がてめえら家族の何を知らないって言うんだ」

 

 すると、女は目を逸らして呟くように言った。

 

 

「――15年、ですよ。15年間ずっと、リナはジャングルジムに閉じ込められたまま。出てくることも、私を入れることもなく。あの子は私の手を離れて大人になったんですよ。もう出てくるはずがないでしょう」

 

 

 

 ……どういうことだ? 思考が回る。俺たちは何の救助を任されていたんだ。

「15年……いや、あり得ないだろう。実際にあの子は子供のままで――」

 

 慌てて口を噤む。俺が目撃したあの子は……。

 

「あなたはご存じないのですか? あの公園がいつできたのか、そしていつ閉鎖されたのか。あなたこそ、ユースデイア国民なんですか?」

 

 俺の頭は、ただただ混乱していた。

 

「……そこはすまねえ、分かんねえんだ。この地域は俺の生まれ育った場所じゃねえし、公園ができた当時、俺はもう軍隊にいた。まさかジャングルジムの事故が15年前に起きてたなんて、知らなかった」

 全国に公園ができたことも、やがてそれが封鎖されたことも、その原因がジャングルジムだったことも。世の中の動きは全部が全部、軍隊を追い出されてから知ったことだ。時間の感覚がごっちゃになっている。

 

 ……ということは、カナタも15年も前から――?

 

「私の家は、リナを公園に連れて行くことはできなかったんです。当時はお稽古も多くて、祖父母の兼ね合いもあって、上手く時間が取れませんでした。そんな日々が続いたある日、リナは突然勝手に抜け出して、公園に逃げ込んだんでしょう」

「……そこで、ジャングルジムの要塞化が起こってしまった、と」

「今になって分かるんですよ。私はダメな母親でした。リナの苦しみに、気付いてあげられなかった。本当にリナが欲しがっていたものを、私はあげられなかった。私には分かるんです。ジャングルジムのあれは事故じゃありません。リナはずっと一人を望んでいるんです」

「じゃあなんであんたは、今更特殊救助隊を頼ったんだ」

「頼ったのは15年前のことですよ。ですが15年前なんて、まだ救助隊も出来ていなくて、保留され続けていました。あなたたちが動いているのは、大人の事情じゃないのですか? かつて受けられなかった依頼を、形だけでも引き受ける体を作るため。そうじゃないんですか? あなた、新人でしょう?」

 

 図星だった。

 俺は、何も任されない。何の行動力も持たない、理想だけのユースデイアのゴミじゃないか。

「私たちは十分動いて、それで既に皆諦めました。それどころか、ジャングルジムで生きるリナのことを認めようって思ってるんです……。ですから、あなたももう諦めて。私たちには構わないで」

 

 ゆっくりと、息を呑む。

 ああ、なんとなく分かった。こんな依頼が俺たち新入りに任された理由を。そして、あの女の言っていたことも。全てがようやく繋がる。おかしいと思っていたんだ。

 

「畜生が!」

 

 やりきれない思いを、怒鳴り声にして叫んだ。足を地面に強く打ち付ける。

 

 ……そして、だからこそ。

 あの若造の気持ちも、少しは分かるのだ。

「あなたも諦めて、別の救助をしてください」

「……いや、違うな。まだ一人、諦めてねえ奴がいる」

「誰ですか、その人は」

 俺は語っていた。

「もしかしたら、おめえが知らねえ人間かもしれねえ。お宅のリナちゃんだって知らねえかもな。ただの若造さ。戦争の過酷さも味わってねえ、バカみてえに生意気な男だよ。でもな、そいつのハートには、たった一人救えなかった女の子のことが、ずっと残ってるんだってよ。15年間だぞ? たかが人1人だぞ? ガキの頃に事件に遭って、それが忘れられなくて救助隊になっちまったんだろうな……信じられっか?」

 

 女は黙っている。警戒した眼差しで俺を見つめてくる。

「今俺たちは、リナちゃんをどうにか助けてやれねえか必死になってんだ。どうかさ、そいつの一途な気持ちだけは、笑わないでやってくれよ。頼むよ」

 

 俺は、全力で頭を下げた。

 クソ、なんでこんなこと言っちまうんだ。俺。

 あいつのこと、嫌いだったんだけどな。無駄死にすれば良いと思ってたのにな。

 やがて、俯いた女は一言だけ、

 

「……もう、好きにしてください」

 

 と告げた。

 

 調べられるだけリナ・シライシについて尋ねた後、俺はすぐにジャングルジムへと急いだ。

 全てはあのジャングルジムに潜入するためだ。そしてカナタとかいう先走りクソ野郎を一発殴らなければ気が済まなかった。

 

 公園のジャングルジムを見上げる。命綱などもう良い。

 

「こちらイクサ・ヒノガミ。俺も突入します」

『気を付けろよ。相手はジャングルジムだ』

 

 首肯を返す。その頷きなど伝わるはずもないのだが、反応はそれで充分だと思った。

 

『もう一度確認しておくぞ。もし仮に、内部で児童に遭遇したら――』

 

 思えば、これだけが心配だった。

 それは、この任務で絶対に守れと言われた事項。

 ジャングルジム調査の際、何度も上から聞かされた事項。

 俺とカナタで何度も確認して、絶対に守ると約束した事項。

 それが、ナホコの声で再生される。

 

『もし仮に、内部で児童に遭遇したら――

 

 

 

 

 

 問答無用で、殺せ。それはジャングルジムの見せる幻影だ』

 

 

 

 

 

 あの若造、カナタは今……一体何を見ているんだ。

 

 あの男は15年も前から、心の奥底に何を溜め込んでいたんだ。

 

 すぐに行かなきゃ。俺はジャングルジムに踏み出した。

 

Kanata's view

 

 

「好きなものはある?」

「…………」

 

「ちょっと範囲が広すぎたかなあ。じゃあさ、好きな食べ物は? オレはカレーが好き」

「…………」

 

「目玉焼きはさ、何かけて食べるのかな? しょうゆかな? それとも軽く塩を振る?」

「……しお」

「そっか。美味しいよね。実はオレ、そんな目玉焼きなんて食べてなくてさ~、作ってるといつもつっつきたくなっちゃって、スクランブルエッグにしちゃってたなあ」

 

 リナはジャングルジムにずっと座ったまま、たまにオレに一瞥をくれるだけ。後はずっと遠くの景色を見つめている。そんな女の子に、オレはずっと質問を投げかけていた。自分のことから伝えてから、「じゃあリナちゃんは?」なんて風に尋ねる。すると、たまに答えてくれる。

 

 正直、答えてくれない質問の方が多かった。答えたくない質問は無理に聞こうとはせず、次の質問に回る。断片的に情報をかき集めて、どんな生活をしていたのかを考える。

 

 おかげで、この子を少しだけ知ることができた。

 答えてくれたのは、主にジャングルジムに入る前の生活についてだった。お金持ちとはいえないけれど、貧乏ではないような生活。戦後の大変な時期で、なんとか豊かになろうと頑張っているような、どこにでもある今の家庭だった。

 

 こうして質問を始めて、どのくらい経っただろう。もうこのまま聞くことがなくなるまで、ずっと質問を続けても良いかな、なんてことを思ってた。

 

「次の質問は……あ、そうだ。今度はさ、リナちゃんから質問してよ。オレのことで、聞きたいことってあるかな?」

「……じゃあ、良い?」

 

 驚いた。今まで自由度の高い質問ほど無視されてきた。なに、と聞くより、どっち、と聞く方が答えてくれた。それなのに、今はオレに何かを尋ねようとしてくれる。

 

 オレは頷く。初めてリナに興味を持ってもらえて、心が躍っていた。

 リナは、ゆっくりと語る。

 

「あなたは、どんなわたしでも、受け止めてくれる?」

 

 どういう意味なんだろう。いや、考えるのはやめだ。

 

「うん。大丈夫だよ。ずっと待ってた」

「ほんとうに?」

「ああ、本当だ」

「ほんとうに、ほんと?」

「本当だ」

「――じゃあ、受け止めてよ」

 

 彼女のお尻がようやく浮いた。

 ああ、オレはずっと、この時を待っていたんだろう。

 リナの前で両手を広げる。少女が飛び込んでくるのを待ち続ける。

 

「どんなわたしでも、だよ」

「ああ、大丈夫。その代わり、思いっきり来い」

 

 リナはゆっくりと頷いて、身を離す。

 

 冷たい鉄の棒が、オレの身体を貫くのが見えて――。

 

 その時だった。

 

「カナタ……カナタ! 無事か!」

 

 誰かと思えば、レスキュー隊で組まされたヒゲのおっさんだった。イクサ・ヒノガミだっけか。こいつもとうとう、ジャングルジムに呑み込まれてのこのこやってきたという訳か。

 

「ジャングルジム内部の児童は殺せって言われただろう。そいつは、ジャングルジムの見せる幻影だ。リナちゃんが攫われたのは、15年も前だぞ。俺たちはまだ、ジャングルジムに受け入れられてないんだよ!」

 

 男が何か叫んでいる。

 

「さあ、そいつをころ……お前、何だその傷は! その子がやったのか?」

 

 何を? 口を動かして、何を語っている?

 相変わらず酷く辛気臭い顔してやがるな。

 腰のバッグから何を出している? 何を構えている。何か大きなものを敵に回したような表情で何を見つめている? 右手には、スタンガン? 銃? 小刀? こいつは、戦うのか?

 

 男が怯えながら言う。

 

「――リナ・シライシちゃん。君はここで、15年も生活しているはずだ。もう十分に大人のはずだろ。いつまでも、そんな子供のままなはずないんだ。……いい加減、大人になれよな。お母さんも、ジャングルジムにこもっている君のことを許しながら、ずっと心配してたんだよ。腐っても親だ、会いたいに決まってる。でも、もう諦めてたぞ。カナタだって、君をずっと救い出したがってるだろ。だから、駄々を捏ねるのはもうやめろ。これ以上君があがいても、カナタが傷つくだけだ。さあ、解放してくれ」

 

 男がゆっくりと近づいてくる。ゆっくりとオレたちに近づいてきて。

 その右手に持っているブツを――。

 

 オレは咄嗟に、リナを庇った。

 

「あんたは黙っててくれよっ!」

 

 背を向ける。リナに覆いかぶさるように、オレは体を広げる。

 その瞬間、ボトリと血が零れ落ちた。ん、オレ、出血しているのか。自分の身体を確認する。幻影、じゃない。鉄の棒が、確かにオレの腹部を貫いていた。

 

 その先に、リナ。だと思っていた女の子。身体が変形している。腕が足が肘が膝が金属棒となり、先端を尖らせている。俺を貫いていたのは、リナの右腕だった。

 

「ど……うして」

「どんなわたしでも……受け止めてくれる、もんね?」

 

 リナが微笑んだ。

 

「現実を見ろ! こいつはジャングルジム。お前は死ぬぞ!」

 

 このまま、あの男が近づいたら? どうなる? オレはどうなる? いや、この子はどうなる? 傷つけられる? この子の信じた心は、どうなる? ようやく信じてくれたのに?

 

 もうこれ以上、無力なまま終わるのはごめんなんだよ!

 

「いいから、おっさんは黙っててくれ!」

「しか、し……」

「ごちゃごちゃうるさいっ。散々忠告されたことも知ってる! でもな、今この子はやっとオレを頼ってくれたんだよ! オレが受け止めなきゃダメなんだ。約束したんだよ。どんなリナちゃんだって、俺が受け止めるって。だからもう、邪魔をするなっ!」

 

 頭にはもう血が回っていない……意識が朦朧とする。そして、内臓に気持ち悪い液体が溜まって、吐いた。赤黒い吐瀉物が床に撒き散った。

 

 オレはリナを見る。リナは信じられないといった表情だ。

 

「本当に、どんなわたしでも、受け止めてくれるの? 痛いよ?」

「ああ、痛え……すんごく痛いよ……。でも、約束しただろ。オレは、どんなリナちゃんでも受け止めるって。だから飛び込んでくれたんだろ。ずっと、そんな誰かを探してたんじゃないのかよ」

 

 リナの顔は動かない。

 

「オレだって、ずっとこの日を待ってたんだ。君を救い出せる日を、ずっと望んでたんだ。だからどんな痛くても耐えれる。もっと刺しても大丈夫だ。あの時の罪滅ぼし。何本でも刺して、刺して、ぶっ刺しまくってくれよ」

 

 呼吸が荒い、もう、この身体は持たないかもしれない。だが、それで良い。君との約束を果たす為なら、オレはなんだってできる。

 リナがこれ以上刺すことはなかった。代わりに尋ねてくる。

 

「どうして、そこまでしてくれるの? 見ず知らずの、こんなわたしに」

 

 どうして? 被害者だから? いやそれ以前に、もっと根本的なところが違う気がした。そう思うと、オレが何のために頑張って来たのか分かる気がした。

 

「なんとなく、分かったよ。リナちゃん、君は……。少年時代のオレの、初恋だった。ジャングルジムに佇む君を見て、初めて女の子に惚れたんだ。好きになった女の子のこと、もっと知りたいって、悩みがあるなら受け止めたいってさ、自然な感情じゃねえか? ……それじゃダメかな?」

 

「わたしのこと、好きなの?」

「ああ、好きだった。ずっとずっと、心の中から忘れられないくらい、ずっと恋してた」

 

 オレは、小さなリナの身体を抱き寄せる。腹部に刺さっていた金属棒が、更に深く刺さっていく。その痛みで生を実感しながら、さらに深く差し込んだ。ああ痛い。でも、この痛みが欲しかった。少しでも、彼女の温もりを感じていたくて……。

 

「――試して、ごめんね」

 

 小さくそう言われた気がした。何と聞き返したけれど、それは声にならなくて――。

 

 ――その時、「それ」はピクリと動いた。

 

「なんだ?」

 

 声を上げたのはイクサだった。オレは声を上げることもできず、繰り広げられる光景に目を奪われていた。リナが座っていたはずのジャングルジムが、崩れ落ちていく。ぶるぶると震えながら、子供の牢獄が瓦解していく。接合部から一本、二本と棒が外れていき、ダラリと垂れる。すっかり連結が外れ落ちて甲高い音を立てる棒もある。

 

 地下が、ゆっくりと開いていく。下の階層へと繋がる段差が姿を見せる。

 目の前を見る。オレの出会ったリナは、もうそこにはいなかった。

 だが、直感的に分かった。

 

「穴が開いた……リナが、認めてくれたんだ」

 

 それは、ジャングルジムがオレたちを受け入れた証拠。

 本物のリナが、オレたちを待ってる。すぐに行かなきゃ。

 

 オレは足を踏み出そうとして、たたらを踏んだ。何故か足が動かない。どうしてか。ああ、脳の指示が身体に伝わっていない。意識が回る。視界の景色が混ざりあう。あまりに血を出しすぎたか。身体から温かいものがどんどん流れていくのを感じる。なんとか笑おうとして、頬も動かないことを悟った。

 

 オレはゆっくりと膝をつき――。

 

 …………。…………。…………。

 

 …………。…………。

 

 …………。

 

Nahoko's view

 

 淹れたてのコーヒーを片手に、手元の報告書を眺める。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 リナ・シライシ。15年前、ジャングルジムで遊んでいたところ、ジャングルジムが要塞化して閉じ込まれる。それからは中に保存していた大量の缶詰を食べており、やや偏食傾向にあるものの命に別状はない。念のため病院で経過観察中。体はすっかり成長しており、ワンピースが入らなくなってからは毛布にくるまって生活していた。遭難時に着用していたと思われるワンピースも、要塞から見つかっている。

 尚、当該ジャングルジムは危険物として、陸軍時代の知り合いに声を掛け回収中。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 ……誰が書いたんだこれは。これでは被害者の説明じゃないか。そもそも最後の知り合いって……誰の知り合いの誰なんだ。報告書の報の字もできていないぞ。今すぐビリビリに破いて、1から書き直させなければ。

 

 と、普段はなるところだが。

 

 まあ、まさか新人2人が、いきなり成果を上げるとは思わなかった。外部調査だけさせて経験を積ませるはずが、中まで入って少女を救い出すだなんて。その功績に免じてワタシも大目に見てやろう。子供のケツを拭くのは親であるように、部下のケツを拭くのは上司だ。こういう仕事は上司の役目だ。

 

 ――とはいえ。今回の救出劇にはあまりに規律違反が多い。被害者関係者の関与はもちろん、被害者家族に直接会いに行かせることも、本来は面倒な手続きを踏まなくてはならなかった。

 それになにより、隊員の命が………。ともかく、こんなこと続けてはならない。

 

 いやはや、これをどう報告するか……。

 今夜は眠れなさそうだ。ワタシは自分の頬を叩き、作業に没頭する。

 

?????'s view

 

 心地の良い風。夏の暑い空に、虫の音がうるさく鳴き続ける。

 太陽の日差しが降り注ぐ公園。どこからか、男女の声が聞こえてくる。

 

「――あの時は、助かりました」

 

「敬語はやめてよ。まさか同い年だなんて知らなかったんだから。あとそれとね、実はあの時、オレも助けられただけだからね。君をジャングルジムから出したのは、イクサっていう渋いおっちゃんっすから」

 

「でも、あなたがいなかったら、わたしに外に出る勇気なんて出なかった。わたしにとって、あなたは凄く尊敬してる人。家族で言うなら……」

 

「言うなら?」

 

「パパ、かな」

 

「えっ……。お兄ちゃんとかじゃなくて、パパ? オレってそんなに老けてたっけ?」

 

「ううん、うーん。うん。将来良いパパさんになれますよ、きっとさ」

 

「そっかあ~。うわ、家族を持つなんて考えたこともなかったな……。将来とか全然考えてこなかったし。だからかな、お前はまだおこちゃまだな、ってよくイクサに怒られるんすよ。あのおっちゃんも嫁さんいないのに。おかしくない?」

 

「きっと大丈夫ですよ。まだ子供でも、それをちゃんと受け止めてくれる人がいてくれたなら、いつか大人になる日は来ますから」

 

「そうかなあ、実感なさすぎるけど」

 

「わたしだって、実はまだ子供から抜け出せないんですよ。未だに夜は、ぬいぐるみと一緒じゃないと寝れません。なんか一人だった時より、甘えんぼになっちゃったみたいで」

 

「お、おう……」

 

「それ、引いてません?」

 

「引いてない引いてない! なんか意外だなあって思っただけだから」

 

「わたし、もう一人で溜め込まないって決めましたから。頼りたい人に頼って、その代わりにわたしも頼られ尽くすんです。これからは、そういう生き方してみせますから」

 

「ああ、良かった……」

 

「ですから、今度は私に甘え尽くしちゃってくださいね。骨抜きにしちゃいます」

 

「じゃあさ……」

 

「さっそくですか? なんでも言ってください。家事と仕事以外ならなんでもできます」

 

「……それ、なんもできなくない?」

 

「これから覚えますから! 今はまだ、花嫁修業中ですけど……」

 

「あ、頑張ってるんだ」

 

「はい、ちょっとはこの世界に興味持てるかなって……遅いですけど」

 

「そんなことない!」

 

「味噌汁なら毎日作ってあげられますよ」

 

「……毎日味噌汁だけは、キツいかなあ」

 

「いや、そういうことじゃないんですけど……ああ、もう。それで、何か言いかけました?」

 

「ああ、そのこと。あの時の事件のことで、一つだけ、良いかな?」

 

「ん、どうかしたんですか?」

 

「……いや、これは個人的に知りたかったんだけど。ジャングルジムが作動したあの日、君は何を見ていたの。ジャングルジムの上から、さ」

 

「あ……あの時ですか……。話しても良いですけど、笑わないって約束してくれますか」

 

「ん? うん、笑わないよ」

 

「あなたがそう言ってくれるなら、信用しちゃおっかな。絶対笑わないでくださいね」

 

「さすがに荷が重いよ。そんなに面白いの?」

 

「面白い……訳じゃないと思います。ただ、なんか恥ずかしくて、未だにお母さんには言えてなくて。でも、あなたには言えると思います」

 

「一体何が待ってるんだ……」

 

「じゃあ、話しますね……。あの日、ママとケンカして、わたしは家を飛び出して、ジャングルジムに上ったんです。それで気晴らしに景色を見てたら……」

 

「見てたら……」

 

「高い所がこわくなっちゃって。それでずっと、誰か助けてくれないか、探してたんです」

 

「…………え」

 

「……はい」

 

「それだけ……?」

 

「はい。それだけなんです。飛び降りる勇気もなくて、声も掛けられなくて、そうしているうちに日が沈んできちゃって、それでジャングルジムが動いちゃって、どうしようもなくなっちゃって……。あの時の私は、誰にも迷惑かけたくなくて、あそこでじっとしてたんです」

 

 そして、ジャングルジムに取り込まれた少女は、そこでの生活を余儀なくされた。

 少女の助けを求める表情は、男の記憶に残り続けて――男の人生を変えた。

 

 そんな些細なことで、この世界は大きく変わるようで。

 簡単に分岐してしまうようなこの世の運命が、ただただ可笑しくて。

 

「はは、あっははははっ、あーはっはっはっは」

 

 男は、腹を抱えて大笑いする。

 まだ痛むお腹を押さえて、青空に向かって高らかに笑う。

 

 やがて、誰よりも愉快そうに笑う男の声が、この世界の温度を少しだけ上げた頃。

 

「もう、笑わないでって言ったじゃないですか」

 

「君を嗤ってなんかないよ。ただ、嬉しかったんだ」

 

「嬉しい、ですか?」

 

「うん。だってそれ、オレが最初ってことじゃんか」

 

「最初……」

 

「君が閉じ込められてから、君を初めて受け止めたのが、オレだった。そういうことじゃんか。今さ、めーっちゃくちゃ、嬉しいっ!」

 

「あ……」

 

「ね? だからさ……ありがとな」

 

「誰にも迷惑かけないって思ってたのに。あなたは……」

 

「この世界に生きてる以上はさ、どうしても少しは誰かのお世話になるし、誰かのお陰で変わることもあるんだよ。でもそんな些細な違いがさ、オレたちを引き合わせた。ホント、この世界ってスゲーよな」

「……わたし、あなたを変えられたんですね。よかった」

「うん。だから今度はさ、――オレたちのこの手で世界を良くしてこうぜ」

「あ……あ……」

「ん、オレ、変な事言っちゃった?」

「そんなこと全然ないです! 今の言葉、すごく良いなーって。わたしたちも、世界を変えられるんだなって」

 

「え」

 

「いやなんでもないです! あなたとなら、できる気がしたんです。だからその……是非、お供させてください!」

 

「……あー良かったー。また変なこと言っちゃったかと思っちゃったよ。安心したー」

「でしたら、この手、握ってくれませんか?」

「……いいの?」

「いいんです。手始めに、周りにいる人たちを幸せにしちゃいましょうよ。ですから、ほらっ!」

「……う、うんっ、喜んで!」

 男女は手を繋ぎ、そして未来に歩いていく。

 

 何もかもを失って、全てが消えてしまった国。

 

 それでも、誰かと共に歩んでいけるなら、どんなものだって取り戻せるのだろう。二人ならいつか、世界中を豊かな気分にしてしまえる気がする。

 

 そんな淡い期待を周囲に抱かせるように、二人は掴んだ手を握り直した。

~帝国暦1978年ユースデイア 子供時代の執念をようやく乗り越えた大人たちの視点から~

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