プロバティオ・ディアボリカ
Composer : シュバリャンセ
いつの話だったか、帝都に皇帝直属の大きな教会を建てることになった。
住民達がばらばらの教会で祈っているのをひとつにまとめて管理しようという発案から立ち上がった話であり、また国のシンボルとしての機能も担わせるという計画である。皇帝がひいきにしていた絵師や建築家がわんさかと集められ、大聖堂の完成図も大々的に宣伝された。
ところが、利便性の観点からその建設予定地が住宅街のど真ん中ということになり、皇室は、敷地内やその近辺に住んでいた人々へ、それなりの金額と新たな家を渡して退去をしてもらうことにしたのである。まあ皇室は当然潤沢な予算を持っており、しかも皇帝の側近たちは凄腕の有能ばかりなわけであるから、これは神の思し召しだとか誠意を見せるだとか様々に言いくるめて、交渉自体は上手くいっていた。
ところが退去要請が半分くらい終わった頃、ある問題が発生した。
敷地のど真ん中に1件、誰も住んでいない空き家が存在していたのだ。
近所の住人に尋ねてみても、その区画の住人調査履歴を見てみても、一体誰の家なのかが分からない。帝都の中心に空き家など存在しないだろうという皇室の油断から始まったこの問題は、やがて大騒動に発展することとなる。
皇室は帝都全土へ向けて、空き家の主もしくはその親類がいないか呼びかけることにした。当然、他の家と同じように、それなりの金額と新たな家を渡す、という条件も付した。
――するとどういうわけか、100人余りが手を上げてしまったのだ。そしてなぜか帝都の外に住んでいる者からも名乗り出るものが現れた。
もちろん皇室側の関係者たちは首をかしげる。1件の家に対して、持ち主やその親類が100人以上なんて事は無いだろう、というか、無い。本来こういうときは2人か3人くらいが名乗り出て、それが全員親類だった、とかそういう展開のはずである。
迷った末、皇室は以下のような発表をした。
「名乗り出た者に関して、真に自分がこの家屋の所有者もしくはその相続者にあたると確信している者は、自らが正当な権利を有していることを客観的に示せ。正当と認められた者には条件通り立ち退き料と新たな家屋を与えるが、正当と認められなかった者については5年の懲役刑を科すこととする。」
当人達からしてみれば、「さすがにこの発表を見れば、真に権利がある者以外は身を引くだろう」という考えだったのである。正当な所有者であると認められなかったら5年も自由を奪われるのだから、気分で証明をしようという気にはならないわけである。
ではこの発表で計画がうまくいったのかというと、決してそうはならなかった――正当な権利を持たないものはもちろん、なぜか「真に権利がある者」すら名乗り出てこなくなってしまったのだ。
またしても関係者たちが困惑することとなった。100人も名乗り出ているのだから、正当な所有者、あるいはその親類数名が混じっているのはなにもおかしいことではない。その者たちが「自分がこの家に対して正当な所有権を持っている」と証明すればいいだけの話ではないか。
困った担当者は、法務局へこの話題を持ち込むことにした。
法務局の担当者は、話を聞くなり苦い顔を浮かべる。
曰く、それは「不可能な証明」ということなのである。
どういうことか。
帝国法では、土地の所有権もしくは土地の相続者であることを証明するために、以下の2つを証明しなければならないと定められている。
一、前主から適法に所有権を譲り受けたこと(もしくは相続によって今の主から土地を譲り受ける権利があること)
二、前主が所有権を有していたこと
――察しがいいと勘づいてしまうが、これはとうてい無理な話である。
なぜかというと、第二項を証明するためにも、同じように上記の事項を証明しなければならないからだ。
前の主が所有権を有していたことを証明するために、さらに前の主が所有権を有していたことを証明するために、さらにさらに前の主が所有権を有していたことを証明するために、さらにさらにさらに……ということでこの要求は、譲渡以外の方法で土地を獲得した者にあたるまで、無限に続くこととなる。
つまるところ、皇室の発表により真の権利者が現れるかと思えば、誰も名乗り出ることができない状況となっていたわけだ。
では実際のところ、こういった問題を法務局ではどう処理しているかというと、裁判によって解決しているのだという。乱暴に言うと「偉い人がそうだと言えばそうなのである」というふうに解決してしまうということである。教会建設の関係者達は、なんとも間抜けな話だ、と、自分たちの失態を棚に上げて嘆息するのであった。
結局、名乗り出た100人と裁判をするのも現実的ではないという話になり、その空き家は誰の物か分からないまま国の土地になり、取り壊されてしまったのだった。
そこに建てられたのが、現代の帝都中央大聖堂である。
――ちなみに、所得時効という概念が法律の歴史に登場するのは、この出来事から30年後の話だ。現代の法律は我々が考えている以上に整備されているものなのかもしれない。
ミッター = カペルマン. “帝国皇室の裏側: 第2回「帝都大聖堂」”. カペルマンアーカイブ. (参照 2003-5-14).