top of page
Majestic_Riverside.png

Majestic Riverside

Composer : とかげ

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

―*****, ようこそ水の都リベスティアへ!!―

 

目的地を示す看板が大きな滝の中輝いていた。

この機に一度くらいは遠出をしたいと一念発起して出てきたものの、早々に洗礼を受ける羽目になった。入り口を前にしばらく立ち尽くす。

見通しも甘くだいぶのんびりしてしまったのはともかくとして、道中の検問で派手に時間を食われたのはなんだったのだろうか。色々とすっかり消耗してしまっていた。

ゆっくり街を見て回りたいところであったが、こうも遅くなってしまっては多少は焦らないといけなさそうだ。

 

川面を街灯が照らす時間帯、音に聞く水の都は老若男女を問わず賑わっていた。

街門から少し進めば大きな河に突き当たる。物流に水源に水産業に、ありとあらゆる用途を担う文字通りこの都の大動脈だという。

沿っては出店が果てしなく続いている。魚料理に練物類、あるいは釣具から水に浮かべる木製細工まで、何かと偏りが見えるのはこの街特有のこだわりだろうか。軽食を数品摘んでみればどれもこれもが絶品である。縦横無尽に水路が走る街の作りからは、ここの人々が水と良く折り合っている様子が窺い知れた。

灯りを目で追っていると故郷の祭りの様子が思い出されたが、ここではいつでもこうなのだという。ならばこれ以上は先を急いだ方がいいだろう。

 

街道の喧騒とは対照に黙々と進む、仕事帰りの装いに続いていくと地下へと流れ着いた。ちらほらと観光客然とした者も見受けられる。壁の案内板の中に宿場への道のりを示すものを見つけることができた。こちらから行けば良いのだろう。

待合所に一風変わった車輌が乗付けてきたかと思えばゆらゆらと動き出したことで、ここでは交通すら水でまかなうことを理解する。鉄道の機能をそっくりそのまま水路に写したそれが流れを思い切り遡っているのを見て少し違和感を覚えた。何が動力なのやらよく分からぬ動きをしているが、そこまで水運に拘る意味があるのだろうか。そんな思案をよそに船は高速に快適に、街の真中を滑り抜けていった。

 

道中を揺られながらことの始まりを思い起こす。

長きにわたるモラトリアムも終わりが近づき、身の振り方を決めよと急かす声から耳を背けていたころ。一件の見慣れぬ旅行案内が目に留まった。

今まで縁もゆかりもなかった異国の情景に惹かれるがまま、気づけば数日も経たずこの旅を決心していた。家族からの融通の取り付けに少し気を揉んだけれどもそうした口八丁は慣れたものであったし、思えば出掛けにも出番があったのだった。

道中何かと面倒には遭ったものだが、こうも素晴らしいところにやって来れたのだからまあ良かったのだろう。

 

ふと渇きに気づいて飲み水をあおる。

先ほどまで何を気に病んでいたのだったか。それが吹き飛んでしまうような、この世のものと思えぬ味がした。なんてこともないごく普通の水道から汲んできたはずだったのだが。この街はどうにもそういったものには突き抜けているようだった。

ここまでならば家族には飲み水を送って手打ちにしてもらおうか。そういう趣旨の土産品だって当然のようにあるのだろうから。

そんなことを考えていると目的の駅に到着したのだった。

 

夕暮れ時、いつしか辺りから旅行者の影はなくなっていた。自ずとその日の宿を見つけていく者たちを横目に、何かに突き動かされるように道を征く。

ここの街並みも依然鮮やかであったものの何かが足りなかった。古きよき街並みに宿屋がちらほら、良くも悪くも平凡で故郷にもこういう場所がよく見られたような具合だ。

この街に着てより各所に感じ続けてきた異常ともいえる執着、何か異質な原理のもとに組み上がったさまは形を潜めていた。果たしてこんなものだっただろうか。「水の都」がその信仰を貫くことに期待を寄せていることに気づく。

 

ここはまだ落ち着くべき場所でない、見るべきものを見ていない気がする。そんな難儀な確信から今までどれだけの時間を食い潰してきたのだろう。

後悔は黒い油のように溜まり、濁り、思考を滲ませゆく。何度となく反芻し、考えることを拒んでも、記憶は街の狂気にあてられたように巡り続ける。儘ならない何もかもから逃げるようにこの街へやってきたこと、この旅が終わり帰ったところで満足に身の落ち着く先などありはしないこと、今まで築いてきた立場さえも守り切れる自信は持てないこと。

巡る思考に囚われ、視界は曇り、足取りは重く、やがて縺れた。

 

暗転。

水の流れる音がする。

歩みが靴を濡らすのも気づかないまま。

街の光は遠く、無為にどれだけ進んできてしまったか。

それは心の外で、いつからか共にあったのだろう。

 

見渡せば旅人は一人、星の海の中にいた。

 

誰のためにあったのか、ただ広い平原にうっすらと水が張っていた。

湖面は天蓋を映し、微かな動きが波紋となって星空を揺らす。

 

旅人は自らの位置を再確認する。

辺りに人の影はなく、ただ水面が続くばかり。

旅人は立ち上がり、やがて歩み始めた。

天の川が示す先、月明かりが一つの建物を照らし出す。

 

星降る夜。旅人は遂に、還り着くべき場所を見つけた気がした。


 

〜名もなき旅、果ての追憶より〜

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

bottom of page