狐の怨返し
Composer : 鳥籠一座(beth_tear × impaleshrikes)
がらがら
「おや、こんな辺鄙な山奥に、お客様かえ」
「……驚いた。ここの住人か」
「ええんよ、むしろお客様なんて久方ぶりで嬉しいわぁ。……その様子だと、外で獣にでも襲われたんかえ」
「ああ……獣というより、アレは化け物だ。軍に入隊して暫くだが、さすがの俺も気が動転したよ」
「この辺りは、夜は手ぶらでうろつくもんじゃない。ま、お上がりなさいな」
「すまない……恩に着る」
「あ、そうそう。靴は脱いでくれはると、助かるわぁ」
「む、……この土地の礼儀だったか。すまない」
「ふふ、ええんよ」
とっ とっ とっ
「しかし、こう言うと失礼かもしれないが……外見からは想像がつかない、綺麗な屋敷だな」
「うふふ、そうやろぉ。みぃんな言いはるんよ」
「みんな……知人や来客があるのか」
「えぇ。たまーに、ね」
「そうか…………ん? この香りは?」
「準備もせんと、こないゆっくりしておられんわ。ちょうど、おゆはんの時間だったんよ」
「それは……頂いていいものか」
「ぜーんぶ山奥で獲れたものやし、都会のお方に合うかは分からへんけど」
「そんなことは些末な話だ。何から何まで、本当にありがとう」
「ええんよぉ。ほら、こっち」
ぐつぐつぐつ
「おお、これは……なんと見事な鍋だ」
「こんだけあれば、大の男でもよう膨れるやろ」
「ああ、本当に助かるよ……いただきます」
「うふ、たんとおあがり」
「はぐっ……うんっ、おいしいな」
「せやろぉ。独り身でこんな山奥にいると、食うもんにも苦労してなぁ」
「しかし、肉は少し、こう……歯ごたえがあるな」
「筋張ってる、って言ってくれてもええのに。律儀なこと」
「いや、でもうまい。獣肉か?」
「そうそう、この辺で獲れた獣肉。量だけはあるさかい、重宝するんよ」
「なるほど……こういう自給自足の生活も、悪くないかもしれんな」
「せやなぁ。…………この辺におると、食い物も向こうから来てくれるもの」
「え?」
「ふふ、こっちの話や。それはそうと、お前さん、さっき軍とかなんとかって」
「あ、ああ……少し、ユースデイア国の者には話しにくいんだがな」
「というと、お前さんはユーフォリア帝国の」
「……そうだ。ここまでしてくれた貴方には話す義理もあるだろうし、何より真実を知ってもらって、この後の振る舞いを決めてもらいたい」
「そない大層な話かえ」
「ああ、機密を漏らしては軍人として死罪に値するだろうが、個人的な恩も出来たしな」
「うふ、恩だなんて」
「……ユーフォリア帝国はこのところ、ユースデイア国に対して戦を仕掛けようとしている」
「まあ」
「半年ほど前にも、少し大規模な侵攻があったはずだ。この山奥に波及しているかは分からないが」
「半年前……確かに、山火事なんかもあったかもしれんわ」
「となると、この近辺が巻き込まれることも十分に考えられる。詳しい作戦や時期についてはさすがに言えないが、貴方が巻き込まれるのは、ここまでしてもらった身としては心が痛む」
「お優しいんやなぁ。気にせんでもええのに」
「仕掛けるのはこちらなんだ、いくら敵国とはいえ恩に報い……っ」
がちゃんっ
「ぐっ、あ?」
「そないな話、お前さんが気にしたところで、意味のない話なんよ」
「こっ、れはっ、しびっ……」
「ふふふふっ、大成功ぉ」
ばさぁっ
「け、獣、の、しっ」
ぐちゃっ
「げっ、ぁ――――」
「ようけ引っかかったわぁ。はーっ、尻尾隠すんも一苦労やわ」
「っ、ぁっ、あ」
「くふふっ。何が何だか分からんよぉ、痛いよぉ、助けてよぉ……って顔しよるねぇ」
「だぁめ」
ぐちゃっ ばきっ
「――――――!!!」
「あっはは! 声も出んようになった」
「他の男たちは最後の最後まで、たすけてー、たすけてー、なんて言いはったけどなぁ」
「……半年前よ。お前さんの言いよる、半年前」
「うちの同胞の多く。二百と四十九の同胞が、お前さんらの放った炎に亡骸にされた」
「体もなければ、貌も分からない。あまつさえ、それを食らうものもあった」
「うちはな、この山の祟り神として祀られとるんよ。神棚とか祠なんてものでなく、山そのものに」
「山は自然。自然はお怒り。お前さんらに対して」
「これまで何人も食うてきたけど、まだ食い足りんわ」
「……ごっ、べ……なざ……」
「…………」
「……ふふ、最後の最後まで、うちのこと考えてくれはるんやなぁ」
「そなら、そんなお前さんに最初で最後の"恩返し"や」
ゆぅっくり、食うてやるさかい
「……あら、事切れたのかえ」
「ふふ、お前らも腹いっぱいかえ。そりゃあよかった」
「次はもぉっと、怖がる顔、見せたるさかい。楽しみにしててなぁ」
――18XX/XX/XX ユースデイア国東部 某所