Fatal Strike
Composer : もふもふイヌクロー
編集者ケインズの毎日論説
「帝国暦2328年」
帝国暦2501年の現在、歴史を学ぶ者にとってこの年号は非常に大きな意味を持っているようである。この年は、我らが帝国が人類史上初めて衛星火力兵器を運用したことで知られており、表面上の外交を続けていた諸外国との決裂を表明した年でもある。
振り返れば、2250年代に本格的な外宇宙開拓に乗り出した諸外国とほぼ同時に帝国も外宇宙探査を開始し、50年以上を経てこの星から比較的近い距離にあるいくつかの惑星についての植民を開始した。諸外国も同様の状況であり、各国は互いの植民地について不可侵としつつも、人類未踏の惑星の獲得についてはその利権を争う事態となっていた。無理もないだろう。純粋に植民地としての土地の獲得は食糧自給や工場生産の施設を建築するため、また居住空間の拡充など、生活水準の向上のためには欠かせなかったのである。
ただ、火力兵器を用いた旧世代の戦争についてはNPO団体を始めとした世論により完全に封殺され、各国は事実上外交努力や経済制裁による闘争を余儀なくされていた。当時の首脳会談などの際に撮られた写真などを見ると、張り付いた笑顔であることが見て取れる。各国政府も、世論のイメージアップには随分苦心したことだろう。
ゆえに、その水面下では連綿と戦争が継続されていることなど、諸国民のほとんどが知らぬ話となっていた。火力兵器に変わり、22世紀末からは大規模かつ組織的なサイバーテロが顔を覗かせ始め、一時期は各国の企業や行政機関に甚大な被害をもたらした。また、一部の不干渉地域では火力による紛争が継続されており、和平外交のように見えていた構図も足元では互いの皮靴を踏みあうといった様相であった。
当時の帝国には、外宇宙政策の推進において頭痛の種が二つほど存在した。一つ目には、反外宇宙進出団体の「MODE(外宇宙進出とそれによる他惑星の生態系破壊について考える会)」による大規模なデモ活動。電子網上においてのネガティブキャンペーンや、実世界上でのハンガーストライキなどにより大々的に帝国政府の妨害を行うなど、世論への訴えかけを継続して行っていた。そして二つ目に、当時最も電子網上の情報の取り扱い技術に長けていた南方大陸のアルデレーン諸王国連合の存在だった。現在は後述する出来事により国として成り立たないほどの打撃を負い同年に事実上消滅している国だが、各国のサイバーテロによる被害はこの国からのものが最も多く、それゆえに各国は多数の抗議や遺憾の意の表明を行うこととなる。しかしその悉くに対しての諸王国連合側からの回答は、常に「知らぬ存ぜぬ」であり、また決定的な証拠も残っていないことから国際司法裁判所による断罪もできないままであった。
帝国首脳部はこの二つへの対処について、以下のように発言しているようだ。「帝国内のNPO団体はともかく、かの国に対しては外交努力と経済制裁程度しか加えられない現状だ。それも、物的証拠も電磁的記録もないのではこれ以上は何も申し上げられない」 他国の首脳陣も似たような状態であり、実質アルデレーンの一人勝ち状態という構図であった。諸国がかの国から受けていた被害の中には、外宇宙進出に関係するデータが数多く消失させられるなど外宇宙開発の歩みを鈍らせるような物が多かった。
そんな中、外交努力と笑顔の握手によるイメージ戦略に限界を感じていた当時の帝国首脳部は、帝国の持続的な開発と国家の繁栄を阻害する要素を物理的に排除するとして、「平和外交の打ち切り」を宣言し、同時にアルデレーン諸王国連合に対する宣戦布告を表明。対する諸王国連合側は、国営マスメディアや電子網による世論操作を中心に、強く帝国を非難した。(なお、これも状況証拠による推察でしかないという点についてはご了承いただきたい) 両国以外の諸外国についても、諸王国連合同様平和的外交の放棄を選択した帝国を批判する声明を出しているものの、その後の情勢を見る限りでは「誰が最初に赤信号を渡るか」という状態であったことは容易に推察できる。
当時の帝国首脳部の判断として興味深いのは、宣戦布告はしたものの相手国の降伏と謝罪次第では無制裁のまま戦争を終了させるという声明を出していたことだ。通常ならば、宣戦布告をしそれを相手が受理した段階で戦争は開始される。わざわざ相手に防御や反撃の準備をさせる必要性がないからだ。戦争とは紳士のたしなみでもスポーツ競技でもない。理由は明かされていないが、おそらく敗北を認め公に謝罪させることこそが平和的な解決方法として一番マシなものだろうとの判断なのだろう。
だが、この判断はすぐに過ちであったと思い知らされることになった。諸王国連合側はこの宣戦布告を受理すると、これまでにない規模でのサイバーテロを実施し、帝国政府がテロ対策にスタンドアローンで構築していたメインデータバンクを完全に破壊し、大規模な損害をもたらした。諸王国連合側に謝罪する気などなく、火力兵器の仕様に対する世論の反応を味方にして帝国を瓦解させようとしていることは、当時政治に詳しくないものでもすぐに理解できただろう。
これに対し完全に業を煮やした形の帝国首脳部は、かねてより打ち上げての実験運用を行っていた衛星支援兵器「ASA-1078 “Triumphal Licht”」の使用を決断する。結果的には火力兵器に頼る形となってしまうが、平和的外交の断念を表明した以上は世論よりも帝国そのものの護持を優先したということだろう。これにより、アルデレーン諸王国連合側のデータセンター及び連合の行政機関の置かれている座標に対しての制裁攻撃を実施した。
当時まだ軍用技術としても真新しく運用上の欠点も多かった電磁熱線技術を、座標との間でエネルギーを中継する衛星と併用することで実運用可能とした帝国のこの兵器は、帝国暦2326年に打ち上げられ実験中の、つまりは初めて運用するものだったのである。放たれる電磁熱線は理論上座標到達時には二千度を超えており、鉄すら溶かす光として降り注ぐという。
攻撃は宣戦布告から3週間後に実施され、目標建造物はすべて跡形もなく焼き尽くされたという。帝国が当時しきりに喧伝していた「天からの一撃のもと戦争を終結させた」というセリフは、寸分の互いもない事実だ。この年以降これまでに数度にわたり運用されているが、そのすべてにおいて照射した座標を破壊している。実に攻撃から40分後のことであるが、たまたま別荘におり諸王国連合で唯一この「人災」を逃れた連合長により、降伏宣言が行われたことにより戦争が終結したとされている。連合長のバルダック氏は、諸王国連合解体後の帝国暦2343年に「喧嘩を売る相手を間違えた、人生で一番大きな過ちだった」と発言している。これが彼の生前の最後の言葉である。この日の火力攻撃により、この戦争は一日で終結することとなり、これを皮切りに帝国とそれ以外の諸王国との緊張状態が形成されていくことになった。諸国も次々と「平和的外交努力の打ち切り」を宣言し、火力兵器による応戦を想定した武装の準備を徐々に整えていくことになる。それが、今日の帝国とユースデイア国、南方諸国によるにらみ合いを形成している要因の一つなのだろう。
~帝国新聞社社会部 トーマス・ケインズ記者による論説より~