嫉妬と私怨による大報復曲「Ruin」
Composer : xima
開演日時:帝国暦200X/1/12
開演場所:居住区9 XX劇場
―I―
さぁ、開演のブザーが鳴った。
貴方がいないと「演目」が始まらないでしょう?
どうして尻込みするのかしら?あんなに一杯「練習」したのに、ねぇ?
くすくす。
何度でも言うけど、私がそう認識してしまったの。
そうすると私の世界では「それが正しい」と映るの。
どうしてもクソもないのよ?
自然にそうなる。例えるなら自然の公理。
例えば貴方だって、あんな風に裏切られたら、どう思うかくらい、
わからないでもないでしょう?
いや、わからないから裏切ったのか。
あはは、貴方の心に針を刺すのも心苦しいのよ?
これ以上駄々を捏ねて、私の舞台をまた台無しにするのなら、
私にも考えがあります。
例えば、貴方を「観客」にする、とか。
何のことかわからない?
それとも、わかっていてすっとぼけているのかしら?
まあどちらでもいいけれど、貴方が「観客」になったなら、
最初の「演目」は、どうなると思う?
―わからない程、貴方も愚かではないでしょう?
私としては、どちらでも、良い、けれど。
……っふふ。
そうね。貴方はそういう人だもの。
私の手を取ってくれると信じていたわ。
護身の為なのがとぉっても気に食わないけど。
さぁ。
楽しい楽しい「演目」を、始めましょう?
―II―
彼女の座る赤黒いピアノは、ただただ叫んでいた。
どうしてなの。
憎い。
貴方だけは信じていたのに。
そう言わんばかりに、彼女は立ち上がってまで、
いつものようにフォルティシモでピアノを睨む。
その顔は、やっぱりいつか僕が見た姿によく似ていた。
※
ただ、これは自分のせいなのか。
あの時、もう彼女と関わってもしょうがないと思ったことは咎められるべきだろう。
僕にはずっと彼女に手を差し伸べられるだけの強さがなかった。
箱の中身に限りがあるように、僕も限界だった。
未だに辛い思いをさせたと思っている。
でもそれとこんな「演目」をやらせるのとは別問題だ。
僕だってやれることはやったんだ。
でも無理だったんだ。
そんな思いを、彼女の真向いのピアノに込めた。
すると、「観客」席から何かが消えるような感覚があった。
演奏しながらなのでしっかり見るわけにもいかないし、
かといって演奏を止めると彼女に何をされるかわからない。
最終的な結論として、彼女の表情を見ることにした僕は、
そこに映る笑顔に戦慄した。
何故だかはわからない。
何かとてもまずいことが起きているような気がする。
「観客」席の方を確かめるべきだ。とも思う。
でも何故か、僕の足はサステインペダルから離れられず、
手はピアノの上で悲しきダンスを踊りつづけるのだった。
-to Coda-
―III―
狂っていないとは思っていないわ。
そう思えるだけの精神力は回復したように思ってる。
貴方に向けた感情が、それこそ好ましくないことも。
でも、抑えきれない。
貴方が私を捨てて、のうのうと暮らす姿を見るのが辛い。
例えこの思いを伝えたとしても、
貴方は「そのまま」生きていくのでしょう。
そんなことを考えて。
もっともっと考えて。
考えて。
考えて。
考えて。
ある日、私の中のピアノ線が、ぷつっと切れたの。
もう貴方は私の方を向かないことでしょう。
だから、それはもう最悪の方法で貴方の心の中に居続けることにした。
貴方の周りのモノをすべて「演目」として舞台にあげ、
そして「観客」席を埋め尽くす、という誰も救われない方法で。
許されることではないのは重々承知よ。
でももう、こうすることでしか、貴方と一緒に居られないの。
ただ、一つだけ。
おこがましいにも程があるけれど、もし私を赦してくれるのであれば。
この「演目」を途中で終わらせて。
―なんて、ありもしない可能性に縋るあたり、私も、貴方も、そうして周りのみんなも、
一度消えてなくなったほうがいいのかもしれない。
壊れてもなお空しく残る廃墟は、いつか破壊される運命にあるのだから。
拍手を送る「観客」はいつの間にか途絶え、
かたや笑みを浮かべ、かたや苦悶の表情を浮かべた演奏者と、
悲しく響く一対のピアノだけがそこにあった。
そうして最後の一音を弾き終えた「共演」者は、
もう一方のピアノを弾いていた者に近づき、
それを「観客」席に座らせ、また「演奏」を始めた。
「奏者」の顔は、酷く歪んでいた。
D.S.
―Coda―
最後まで「演目」を終えた「共演」者が「観客」席を見やると、
「観客」席には、おびただしい数の赤い十字架が床に、壁に、そして天井にへばりついていた。
―Fine―