Eupholic Journey -Forlorn Ruins-
Composer : Besucher
体が左右へ揺さぶられる感覚。
これは、「リーピング」を行うにあたり、しっかりと己を「確定」する為に必要なことらしい。
マグヌスの言を借りるなら、「狭い穴にボールを入れられたら成功のゲーム」のようなことだそうだ。
確かに、その時に起こる事件についてのすべての情報を得られれば、自動的に翌日の朝にそれが完了するのだが、
何度も何度も同じことをしていると、興味のない事件や事象もある。
どうしても次の時代へ行きたい場合は、こうやる他ないらしい。
正直、何度やっても慣れはしないが、「私」がここに立つためには必要なことらしい。
伝聞形が多くなってしまったが、これはあくまで、
マグヌスの言い分を借りるなら、という注釈がつく点は注意したいところ。
ただ、今回は少々別だ。
「私」は今から元の時代に「帰還」する。
この得られた知見、知識を、私はどうにか持ち帰るつもりでいる。
以前の自分からすればまったく考えつかなかったようなアイディアが、
さも当たり前のように転がっている世界を旅するのは、
とても新鮮で、刺激的だったが、
やはり私は自分のいた「世界」が一番安心できることに気付いたのだった。
―さて、ようやく目が開いた。
今回は割と短めの時間で目が開けるようになったようだ。
前に「リーピング」をした時は半日くらいかかったこともある。
これまでに色んな時代、人、出来事を観測した。
知識的な面でいえば、一回りはおろか、二回りほど成長したように思う。
……ただ、大概の時代には一回しか行けておらず、ちらほらと忘れている事象がある、
というのは否めない。
見聞きしたその時は確実にそうだ、と断定できるほどの自信があっても、
「一週間経てば、はて、と疑問がわいてくる」ようなものである。
――――――
――――
――
ここは―記憶が間違っていなければ―、私の故郷の近くにある丘だろう。
恐らく目の前にある森を抜ければ、私の故郷へと通じる道へと抜ける。
―はずだった。
眼前に広がるのは、さっきまで歩いていたはずの森とは対照的に、
生命の息吹がない、まるで生命のどん詰まりのような場所だった。
朽ち落ちた鉄骨は、むき出しになった床を貫き、かつてあった生活の痕跡をかき消し、
ひび割れた壁は、そこにあったはずの団らんを引き裂く刃のように鋭く、天へと切り立っていた。
どこをどう見ても、私の記憶の中の風景と一致しない。
しかし、ここまで歩いてきた道は間違いなく私の故郷への道だ。
何か、ここが私の故郷であると言える痕跡はないのか、という半ばあってほしくない証明をするため、
私はふらふらと駆けだした。
建物が崩壊していても、変わっていないものはある。
そして、道の形や建物の場所、もしくは痕跡を辿ることができれば、
見知った場所へ辿り着くはず。
私としては辿り着いてほしくなんかないし、
「リーピング」のミスであってほしいと願うばかりだ。
しかし、無情にも道はだんだんと見知った記憶を映していく。
川が歌っていた道沿い。妙な形の建物の残骸。
そして、角度と勾配のきつい別れ道。
まるで危篤の報せを受けた家族のように、目の前の現実を受け入れようとせず、
かといって進みを止めることもせず、胸中に黒いもやもやした何かがずんと広がっていった。
どうか、この先に何もありませんように。
どうか、この坂を上った先が行き止まりでありますように。
そんな荒唐無稽な願いは、祈りは。
果たして届くことはなかった。
「嘘……だろ?」
ここに来て、ようやく私はここが我が故郷であると、証明した。
証明、してしまった。
目の前の風景には、人が入り込むような様子はない。
野盗が入ったのか、風雨に晒されたのか、はたまたどちらもなのかはわからないが、
おおよそどちらにしたって、我が家の残骸は息も絶え絶えに私を待っていたかのような状況だった。
私は、まとまらない頭でこう結論付けることとなった。
―ここには、誰もいない。何もない。
両親も。
きょうだいも。
ペットも。
川のせせらぎも。
行き交う気動車も。
市場の喧噪も。
ここにあったもの。
―そのすべて。
全部、全部。消えてしまった。私がおっかなびっくり観測を続けていた間に。
ここでは、「私がいた」という痕跡はおろか、
「この世界で私が観測したものすべて」が消えていて、そしてすべてが空虚な置物になっている。
その事実と情報に、私はなすすべもなく膝を折った。
というより、そうする他に、感情のやり場がどこにもなかった。
「どうして……ッ! どうしてこんなことにッ!!」
零れ落ちる雨はただただ地面を濡らし、
地面に突き立てた拳は砂利を噛んだ。
自分が原因なのかはわからない。
でも自分がこうして世界を認識しているということは、これがこの世界の真実なのだろう。
この「世界」がまだ「観測」している世界の一つである可能性はあるにはあるが、
あれはあくまでも「観測」していた世界の出来事だから、落ち着いて「観測」ができた。
しかしここは現実。つまり変えようのないこと。目の前にあるものがすべてだ。
でなければ、私はなぜここに「帰還」することになったのか、その説明がつかない。
きっと「リーピング」がミスったんだ。
そう思わずにいられなかった私は、こめかみを祈るように叩いた。
こめかみでないどこかが痛む。でもそれがどこかすらわからない。
一度。
―笑いあった食卓。
二度。
―日々の喧噪。
三度。
―そんな当たり前を、求めて。
―ピピピ。