Deadly Sanctuary
Composer : 5ECH0M
久々に訪れた城下町。数年前に焼け落ちた大聖堂が再建されているのを見て、遠い昔の記憶がふとよみがえった。あのときの事は、よく覚えているのだ――。
当時の私は、公開裁判を傍聴し、背景取材の記録とともにルポルタージュとして出版する作家業を営んでいた。いかにも話のタネに飢えていそうな庶民の心を掴むのにもそう時間はかからず、まあ今では考えられないほどに現場取材へ出かけていたものである。自らの身体を酷使したツケなのか、数年前に体調を崩して第一線を退くことになったのだが。
教会の火事と聞くと、そんな作家生活時代に出会ったとある事件を必ず思い出す。私が最も嫌う宗教裁判を、これまでに唯一取り扱った案件である。
--
その日宗教裁判所へ出頭するのは、すでに火刑が確定しているようなものだと噂される人物……と、されていた。
罪状は大量殺人。しかも、祈りのために人が集まる教会を封鎖して建物に火を放つという、おおよそまともな感性を持った人間にはなし得ない凶行。異端か否かという尺で測っても良いのか、正直戸惑った。私なら、悪魔にそそのかされてもこんな真似はしないだろう。
一体どんな暴漢がお出ましになるのかと思っていると、出てきたのは人形のように可憐なブルネットの少女ではないか。齢は10を過ぎたころだっただろうか。本当に驚いた。ちなみに、人形のようだという比喩は一応褒め言葉なのだが――あまりに生気の無い目の持ち主ということでもある。あの悲哀と絶望を宝石にしたような榛色の瞳は、今でも私の心を深く深く貫いているのだ。
公開裁判では全ての罪を告白し、目に涙を浮かべながら懺悔したため、結局彼女は温情をほどこされて絞首ののち火刑ということになった。非情の権化たる審問官とて、流石に嫁にも行っていないうら若き乙女を生きたまま炙って見せしめにするのは気が引けたのか……。
その少女は裁判から処刑までの間、およそ数週間ほどになるが、牢の中で手記を書いていた。私は彼女が火刑に処された後、偶然看守に接触する機会に恵まれ、この手記を見せてもらったことがある。
彼女を罪咎へと駆り立てた物は何だったのか、純粋に興味を持ったのだ。しかしそこに記されていたのは、罪人の心の歪みなどではなく、悪魔の所業すら超える大衆の狼藉と世の不条理だった。
--
少女は幼い頃から、長い間兄との二人暮らし生活を送っていた。両親は流行病で夭折しており、親類と呼べる存在もいなかったのだという。少女は兄とそれなりに年が離れていたらしく、まだ物心ついていなかった頃は、畑仕事に出る兄に背負われていたらしい。
少女がある程度自立した生活を送れる年齢になると、兄はたった一人の妹に苦労をさせたくないと奮起し、稼ぎの良い鉱山で働くようになった。嫁入りのときに諸々困らないよう、という思いがあったようだ。少女も裁縫仕事や家事を担い、周囲の支えもあったことで、貧しかったがそれなりの生活を送っていた。
しかし慎ましき幸せは長く続かず、ある日、兄の働く鉱山で爆発事故が発生した。崩落が起こっただけでなく毒ガスまで発生し、数百人の作業員達がほぼ全滅する事態となった。生き残りは兄を含めてたった三人。少女は凄惨な事故を嘆きつつも、兄が生還したことに涙して喜んだ。
ところが、この突如起こった不幸な事故の成り行きは、それで終わりではなかった。死者の遺族によって生き残りの三人が異端告発されることになり、事態はさらに急変。罪も無い人々を呪いで虐殺した悪魔だと嫌疑をかけられ、弁護の権利も与えられず訊問を受けた末に、そのまま火刑に処されてしまったのである。
丸太に括り付けられた兄の、鬼気迫る表情。それを眺める観衆の、大地を揺さぶるような罵詈雑言。手記にはその恐ろしさがつまびらかに記されていた。(その内容については残念ながら本書に記述できるような代物ではないため、今回は割愛させてもらおう。)
少女は究極の理不尽を目の当たりにし、異端者の家族であると冷遇され、孤独に苦しみ、おそらく精神を病んだものと思われる。兄は無残に焼かれたのに、この愚民どもがなぜ肉体を持ち、なぜ平気な顔をして祈りを捧げているのか。彼女の憎しみはただそれだけだった。
ある冬の朝、彼女は祈りのために全町民が集まる教会から南京錠を盗みだした。それからミサ中を狙って扉を封鎖し、家から持ち出した火打石で躊躇無く放火した。厚い壁に囲まれた建物から逃げ出す術はほぼ皆無、混雑でパニック状態に陥った人々が全滅する様を見て、少女は本物の悪魔に取り憑かれたようだったと回想している。
彼女の憎しみは激烈化する一方だった。それからは乞食をしつつ街を転々とし、あらゆる教会を封鎖して火を放つ日々。鍵を奪えない教会は木材で封鎖したり、別の教会から回収した鍵で錠をかけたりした。なぜそこまでするのか分からなかったが、とにかく祈りを捧げる者を消し去りたくて、そして生き残った者には愛するものが奪われる苦しみを与えたくて、仕方が無かったのだという。
流石に回数が重なると手口や顔が割れて、告発から逮捕までは長くかからなかった。”全く抵抗しなかったからか異端審問官はいたく驚いていた”と記載されているが、異端審問官曰く、嫁入り前の少女とは思えないほど荒んだ目をしていたとこに恐怖を覚えたのだという。
捕らえられて目が覚めたのか、少女は手記の中でどうしてこのようなことをしたのか分からない、早く刑に処して欲しいと度々繰り返していた。
そして手記の最後には、願わくば罪を浄化して、いつか兄と再会したい、と綴っている。互いに火刑に処されていては、再会するための肉体も無いだろうに――。彼女は何を思い、この願いを書き残したのだろうか。
--
久々に筆を執りながら、ふと思い出したことがある。
幼い頃に聖典で読んだことがある話だが、神は時に悪魔とさえ手を組み、我々に信心を試すことがあるという。
彼女は試され、屈した側だったのか。あるいは、彼女自身が我々に信心を試しに来たのか。その御心は、神のみが知り及ぶところである。
出典:マルグリット・ピュイロンドレ訳『全訳:アーレルスマイアー ルポルタージュ集』1789年